カルチャー

300年の技能を現在へ継ぐ、沖縄「壺屋焼」の美

2016.08.01

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300年の歴史を持つ沖縄「壺屋焼」「やちむん」の古史

一般にあまり知られていないことですが、沖縄には古い焼き物の歴史があります。沖縄の言葉で焼き物のことを「やちむん」といいますが、これは同時に沖縄で作られた焼き物のことでもあります。

琉球王国の正史として編さんされた史書「球陽」によれば、16世紀終わり頃に初代瓦奉行が任命され、今日の荒焼「南蛮焼』『琉球南蛮焼』と呼ばれる」のかめ、瓦が制作されていたようです。荒焼につながる焼き物の技術は、琉球王国が中国と盛んに交易を行っていた14世紀後半にもたらされたのではないかと推測されています。

1609年、琉球王国は薩摩藩の支配下に入ってしまいますが、1616年、薩摩より3人の朝鮮人陶工がやって来たことにより、琉球の焼き物はその技術を得て進化します。

伝わった技術は、

①登り窯(筒状の窯)を築き、高い温度で焼く技術

②無釉で大型の壺や龜を作る技術

③黒釉を使う技術(透明感のない釉薬)

でした。

1682年、当時の琉球国王であった尚貞王によって、湧田窯、知花窯、宝口窯の三カ所の窯を牧志村の南(現在の壺屋)に統合。この地が新たな窯場となりました。

この壺屋で産するのが「壺屋焼」で、つまり300有余年の歴史があるわけです。「育陶園」は1963年(昭和38年)に、高江洲育男氏が壺屋の「高江洲製陶所」を設立して独立開業したのをその始まりとします。現在は、6代目陶主である高江洲忠氏、7代目陶主である高江洲尚平氏が工房で作陶を行い、歴史ある壺屋焼の伝統を継いでいます。

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代々の作陶家が工夫を凝らし、現代に伝える美

壺屋焼は1976(昭和51)に国の「伝統工芸品」に指定され、沖縄を代表するやちむんとなっています。その作風は素朴で力強いもの。育陶園では、壺屋焼の器・シーサーを制作しています。また、育陶園で使われる柄は主に「唐草」「菊紋」「魚紋」で、それぞれに、

・唐草……長寿繁栄

・菊紋……病を治し寿命を延ばす

・魚紋……富と幸福を象徴する

という意味があるそうです。

5代目陶主・高江洲育男氏は「手びねりシーサー」制作の第一人者といわれた名工で、また6代目陶主・高江洲忠氏は、自身にしか描けない美しい魚紋を作り上げています。継がれていく歴史の中で、代々の作陶家は自身の技術を深化させていくのですね。

育陶園の製品を見てみましょう。

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