河原シンスケ氏×丸若裕俊氏対談《前編》 「日本の工芸って、こんなに魅力的!」

2016.09.26

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今回、アーティストの河原シンスケさんが訪れたのが、日本文化の再生屋として注目を集める丸若裕俊さんの「丸若屋」アトリエ。丸若さんは、日本にある技術や伝統工芸、文化の魅力を改めて再構築し、発信していらっしゃいます。
日本のコンテンツが世界から注目されている今、私たち日本人はその魅力をどう伝え、育てていけばいいのか。おふたりに考えていただきました!
 
写真/丸若さん(右)の世界観が凝縮されたアトリエにて、シンスケさん(左)と
 

日本のコンテンツが評価されなくなってしまった1970年代

シンスケさん「丸若さんは、なんで日本のコンテンツに興味を持ったんですか?」

丸若さん「ファッション業界で働いていた頃、石川県の九谷焼美術館に訪れて、九谷焼の美しさと知性に衝撃を受けたんです。それから九谷焼のショップへ行ったら、美術館で見た美しい九谷焼とはまったく違うものが売られていました。同じ九谷焼なのに肝心の美しさがないという。これが同じ九谷焼?と驚きました。そのときに、どこかで翻訳を間違ってしまった日本のコンテンツの魅力を再構築していきたいと思ったんです」

シンスケさん「僕はもともと着物を着て万葉集を読むような日本文化に囲まれた家で育ったので、若い頃は日本より海外に強い憧れがありました。それでパリへ渡ったんですが、海外の家庭に日本の掛け軸がかけられているのを見て、こんな風に飾られるのか、と新しい感覚を得たんです。丸若さんとは真逆で、海外で日本文化の魅力を再認識したパターンですね」

丸若さん「パリは、モノを見る目が自由ですよね。それに比べて日本は、そのプロダクトの何がどれだけ凄いか、ということが強調される。たとえば、これは平安時代から伝わる人参で滅多に食べられないものがだからすごい!とか。でも、いくら貴重でも美味しくなかったら意味がありません。純粋に魅力的かどうかが重要で、そこは若い人が魅力を感じるかが大きな指標になると思っています」

シンスケさん「いまの時代の感覚は、やっぱり若い世代にあると思います。そういう自由な時代に変わったことはうれしいですね」

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丸若さん「日本のコンテンツがグローバルに知られるようになった今、より多くの人に伝えていくには、それが21世紀を生きる人たちに魅力的に映るかどうかにかかっています。そのために日本の工芸や技術をワクワクさせるコンテンツとして再構築できればいいと思っています」

シンスケさん「みんなが魅力を感じる見せ方を提案するということですね。これまでの丸若さんのプロジェクトについては、後ほど詳しく教えてください(対談後編で紹介)。話は戻りますが、日本人はいつからか自分の感性で選ぶことが少なくなってしまったのだと思います」

丸若さん「いつからか多様性がなくなってしまった時代があったんです。個性を持っている人やモノがよしとされないという。本当はそういう飛び出していることがすべての未来であり、可能性なんですけど」

シンスケさん「1970〜80頃、アメリカ文化が一斉を風靡した時代がありましたね。日本もその影響を受けて、国内にあったものがないがしろにされていったんです。工業生産された安い日用品がもてはやされて、質のいい工芸品も工業的なものにしないと生き残れなかった。お歳暮やお中元で3000円、5000円の価格にはまる工芸品が大量生産された影響は大きいでしょう。九谷焼もそのいい例です。そうした時代の風潮の中でコンテンツの多様性が失われ、買う側も審美眼を持たなくってしまったのかもしれません」

丸若さん「加えて、当時の人たちが「伝統工芸はこういうものだ」と理屈をこねくり回してルール付けしたから、純粋な魅力が見えにくくなってしまったんです。その時から伝統工芸って難しくてよくわからない、つまらなそうなものになってしまったんじゃないかと」

写真/丸若さんの感性で集められた茶器や茶筒などの品々

 

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