カルチャー

《第2回》

藤代冥砂さんインタビュー/初のモノクロ ヌード写真集『SKETCHES OF TOKYO』は、低温やけどのような本

2016.12.01

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写真家の藤代冥砂(ふじしろめいさ)氏のインタビューの第2回。《第1回はこちらから》
前回に続いて藤代氏初のモノクロによるヌード写真集『SKETCHES OF TOKYO』や、写真全般についての想い、そしてご自身についてを語っていただいた。

誰しも母親の裸を見ながら育っていって、女性の裸というものは知っているんです

「写真って、見ていないものを見せる、というよりも、実は見ているのだけども気付かないでいる、というものを見せるもの。ふとしたことで隠れてしまったり、記憶のなかに埋もれてしまったり、何かでフタをされてしまったり、そういうものを見せてくれるのが写真だと思うんです。

未知のものを見せる時代もあったけど、いまはもう未知のものは少ないから。自分のなかの残像としてあるものを、もう一回ちゃんと見せてあげるというのが、写真の仕事なのかなと思うんです。

ヌード写真もそう。誰しも母親の裸を見ながら育っていって、女性の裸というものは知っているんです。だけど裸は普段は衣服に隠れて、見ていないことになっている。その本来は知っているもの、わかっているものである裸を写真で見せることで、見せない社会とすりあわせて、そこになにか刺激を与えていく。それがヌード写真の役割じゃないでしょうか」

rd850_(2_2)_27A3311©Meisa Fujishiro

rd850_(2_3)_MG_0128©Meisa Fujishiro

『SKETCHES OF TOKYO』は沖縄に移住した藤代氏が4年ぶりに発表した作品集。4年を費やし東京の高層ホテルの一室で53人の女性を撮った初のモノクロのヌード写真集で、モノクロームの静謐なタッチやモデルとの微妙な距離感が、藤代氏の独特の世界観を感じさせるのが魅力だ。

「ヤル気がない感じですかね。ほかの写真家のヌード作品は、どれもモデルの女性に迫って、ヤってしまうような熱さがある。焼かれるみたいな熱い感じ。だけど『SKETCHES OF TOKYO』はそうじゃない。低体温やけどのような本だと思う。安心してたらやけどする、というような」

そして藤代氏は、それは自分の冷たさの表れなのだという。

「狙ったわけではないですけど、基本、冷たい人間だと思うので。自分の冷たさが表れているのじゃないかと思いますね、女の人をとおして。

写真家の写真には、多かれ少なかれ、撮り手のそういうものが写ってきます。荒木さん(写真家の荒木経惟氏)なら女性や、猫とかトカゲとかをとおして荒木さんが写っている。写真って全部、究極はセルフポートレートになっていってしまうのだと思うんです、何を撮っても。全部、私写真。そういう『私』が写っていない写真はどこか空漠としているというか。どこを見ていいかわからないし、あまり好きじゃないですね。

それに好き嫌いは別としても、『私』の部分が写っている写真は、やはり感動するんです。風景でも、何でも、そう。星野道夫さん(写真家、探検家、詩人)のアラスカの写真なんか、白熊なんだけど星野さんの肖像のような気がするし、感動しますね」

(2_2)rd850_9094『SKETCHES OF TOKYO』の発表時に、藤代氏は自身で「ちょっともの悲しい感じ」と評している。自身による後書きももの悲しい独特の趣がある。また、題名どおりに「東京へのオマージュ」と語っていたのも印象的だった。

「制作中も多少、物悲しかったけど、まとまって最後に『あぁ、物悲しいもの作ったんだなぁ』と思って。モノクロというのは初めから決めていたんですけど、それもメランコリックな感じになったのかな。

東京のイメージは、ホテルの高層階の透明なガラスに区切られた、中空のシェルターのような感じ。50年前にはなかった、いまの東京の姿かなと。

そしてその窓の外に東京の街が見下ろせる。その景色が、東京は100年後、200年後も続いていくのかもしれないけど、もしかしたら滅びてしまうかもしれないとか。この街はいつまで続くのかとか。そういうことを思わせる。

それに街っていろいろな感情が集まるところじゃないですか。人の数だけいろいろな感情がある。それで集まった分だけ、悲しみが増えたり。虚無感や、高揚感が、増幅されたり。そしてそういう感情が東京を支えているような気もするんです。それでそういうのを上から眺めていると、愛おしいというか。まぁ、そんなことを、かんがえたんですね」

 

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