人と建築が親密な関係を保てる場所づくりを目指す建築家、萬代基介(前編)

2016.12.25

rd1700_MG_3650「プレミアムジャパン・アートプロジェクト」の若手建築家の連載インタビュー3人目は萬代基介。東北の復興プロジェクトから店舗デザインまで、幅広い活動を展開する彼の現在について話を聞いた。

津波で被害を受けた鮎川浜に漁師の作業小屋をつくる意味

宮城県牡鹿半島の先端に位置する石巻市鮎川浜は、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた。萬代基介が手がけた「おしか番屋」は、この漁港に新しく建てられた施設だ。番屋とは漁師の作業小屋を意味する。彼が設計した作業場は、シンプルで明快な美しさを感じさせるデザインになっている。

細い丸鋼の柱に支えられた、細い鉄骨を井桁状に組んだ大きな屋根。緩やかな片流れの屋根の下は、一部がガラスで囲われた部屋になっているが、大部分は半屋外のスペースとなっている。鉄骨の白い直線が織りなす幾何学的な形状は、周囲の景観と鮮やかなコントラストを生んでいる。しかし萬代が考えた当初の設計案は、これとは大きく異なり、木造のゆるやかな曲面の屋根を載せたイメージだったという。

(1_2)rd1700_ban写真(上)/ おしか番屋 Oshika Fisherman’s House 2016 Photo by Mandai Architects
漁港に建つ「おしか番屋」は、鉄骨を細かく組んで作った大きな屋根と細い柱の組み合わせが印象的。ミニマルな美しさを備えた作業小屋だ。

「山と海がすごく近い場所なので、最初のうちは、周囲の自然の景観と繋がり、一体化するような建築を考えていました」と萬代は語る。
「けれども敷地に足を運ぶうちに、その考え方は違うなと感じるようになりました。というのも、ここは一度自然の力によって徹底的に破壊された場所です。番屋はそこに再び人間の力で立ち上げる最初の建築物となります。それならば、その建築が海と共に生きる人間の意志や力の表れであることがはっきりとわかるもののほうが相応しい。純粋な形態の人工物が被災した街から立ち上がる姿を実現すべきだと思いました」

rd1700_MG_3595rd1700_MG_3486写真(上)/ 「おしか番屋」の建築模型

震災後の復興計画では鮎川浜の海岸には巨大な防潮堤が建設される予定だ。防災上の理由で居住や観光施設などはすべてその上のレベルに建てられ、防潮堤よりも海側には不特定多数の人が集まる施設をつくることはできない。けれども「おしか番屋」は漁業施設なので、海側につくることができた。

「防潮堤ができると町の観光施設は海から遠くなってしまいます。しかも観光施設は防潮堤が完成しないと作れませんが、肝心の防潮堤の建設は進んでいません。そこで漁業施設の番屋を海側に作り、それを町の人たちも観光目的などで利用できないかと考えたわけです」

 

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