カルチャー

「大人の日本史」vol.1

奇祭から探る、日本人の本当の姿 〜 奇祭《前編》〜

2017.01.14

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祭りは、人間の欲求を吐き出す“非日常の日”

思わず人に話したくなるような、奇妙で、ちょっと生々しい日本史の裏側を紹介していく新連載。日本人の思わぬ生態をえぐり出していきます。

第1回目は、いまの常識や良識では理解できない不可解な祭り、「奇祭」に迫ります。日本で行われている奇祭の存在に注目し、長年多くの奇祭に参加して考察を続けてきた、作家で奇祭評論家の杉岡幸徳氏に、その誕生の謎や三大奇祭について話を伺いました。

「日本には、神社本庁の調べで三十万もの祭りがあると言われています。これは、八百万(やおよろず)の神が存在すると考える日本特有のもの。たくさんの神を祀るために、祭りも多く行われるようになったのでしょう。その多くが、神官が祝詞を唱え、神輿を担いで山車が出るといったものですが、なかにはこの世の常識からかけ離れた奇矯な祭りも存在するようになります。それらを奇祭と呼ぶようになったのです」

祭りは、普段から自分たちを守ってくれている神に供え物をして感謝するという儀式的な意味があります。世界でも祭りの初形態は、五穀豊穣への感謝のためのものでした。そうした意味は今も昔も変わりませんが、人々が祭りに求めてきたことは、実はそれだけではありません。

「お盆に帰ってきた死者の霊を慰めるため、念仏を唱えて踊ることからはじまった『盆踊り』は、一昔前まで乱交の場でした。森鴎外の著書『ヰタ・セクスアリス』にも、盆踊りで乱交が行われていたことを示唆するような記述がみられます。人間は単調なリズムに弱く、薄暗い月明かりのなか、念仏を唱えて踊るうち、トランス状態に陥ったのではないでしょうか」

写真(上)/ 素戔男尊を祀る、石川県能登町の「あばれ祭り」(詳細は後編にて)

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おばあちゃんと子供が踊るあの「盆踊り」が、つい最近まで多くの男女が交わる場だったというのです。そもそも、近代文明が入ってくる江戸時代までは、日本の性に対する意識は非常に自由なものだったと言います。

「日本は、夜這いや同性愛、男女混浴まで、現代では不道徳と言われるような習慣が、公のものとして存在していた国なのです。それでも性のタブーはありました。だから、神へ祈りを捧げるという祭りの建前を利用して、性を覆い隠したと考えられます」

民俗学を生んだ柳田國男は、祭りを「ハレ(非日常)とケ(日常)」のハレと言記しています。当時の人々にとって、祭りという非日常の機会は、日常生活の抑圧や欲求を発散する場だったのでしょう。

その後、婚前性交渉を禁止するなど、性に厳格なキリスト教が日本に伝来し、西洋文化を大々的に取り入れるようになると、日本政府は西洋諸国に追いつくべく、前時代的な性的自由さを排除するようになります。明治時代以降になり、御多分に洩れず「盆踊り」にもたびたび規制が入り、こうした乱交の風習は少なくなっていきました。

 

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