日傘に想いを込める、ブランド「Coci la elle(コシラエル)」/主宰・日傘作家 ひがしちかさんインタビュー

2017.03.08

白い傘をキャンバスに踊る、のびやかでみずみずしい色彩。照りつける日差しを和らげ、頭上に詩的な世界をくり広げるその美しい絵柄は、どれも絵の具や刺繍でひとつひとつ描かれたふたつとないもの。そんな手にした人が宝物にしたくなる1点物の日傘に始まり、雨傘やスカーフなどを展開するコシラエルの主宰・日傘作家のひがしちかさんに、物作りへの思いをうかがいました。

Kasa_01-minphoto: 江森康之

自分にしかできない、日傘という表現を仕事にするまで

ブランド名の由来は、手仕事への敬意やぬくもりを感じられる「拵える」という言葉。立ち上げから7年、日傘作家としての活動以外にも本の装画や執筆なども手がけ、活躍の場を広げるひがしさん。順風満帆に見えますが、自分のやるべきことを見つけ、それが軌道に乗るまでには紆余曲折がありました。

「ファッションデザイナーに憧れて長崎から上京し、服飾の専門学校で学びました。卒業後は運良く好きなデザイナーのもとで働くことができたのですが、そこで服を作る人はその星に生まれついているというか、どうしてもかなわない何かがあると気づいたんですよね。それからは『私はここで一体何ができるんだろう』と自問自答する日々でした。また既に世の中には物がありすぎるくらいあるのに、それでも新作を作って作って、なま物でもないのにシーズンが過ぎると値段が下がってしまう。そんなファッション業界のサイクルも疑問に思っていました」

アシスタントとして忙しく働くなか、幼い頃から好きだった絵を描きたいという思いが膨らみ、退社したひがしさん。アルバイトをしながら絵を描き、自ら絵本に製本して出版社に持ち込むものの、なかなか思うような反応は得られなかったそう。そんな時に妊娠がわかり、長女を出産。ひとつの岐路に立たされます。

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「シングルマザーだったので、子供と2人で生きていくために定時で働ける事務職に就きました。生活のためと割り切って働いていたけれど、会社に拘束されている時間は自分の人生であって自分の人生ではないように感じられて、すごく苦しかったですね。私じゃなくてもできる仕事をしているのがもどかしい。でも、自分が何をやりたいのかはわからない。体はあるのに精神は生きていないというか。今考えると、その仕事と私が合っていなかっただけなんですけれど、あまりに辛くなってしまったんです」

そこで、ひがしさんはどんな人生だったら楽しいかなと、思い描いてみました。2人暮らしだから、子供が帰って来た時に『おかえり』と言える環境を作りたい。もう履歴書は書きたくないし、就職活動もしたくない。これ以上仕事に就いては辞めるということを繰り返さないためにも、お勤めすることをやめて、好きなことを仕事にしようと決意します。

「今思うとおかしいんですけれど、何をするか決めていないのに独立を決めたんです。だから、そこから『さて、じゃあ何をしよう』と考える時期が長かったですね。試しにいろいろと作ってみても、どれもどこかで誰かが作っているようでピンとこなくて。どうせやるなら一発でドキッとさせられて、自分は絶対にこれで食べていくと思える物をみつけたいと思っていました。そして模索するなかで、ある時『日傘だ!』と思ったんです」

 

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