今さらですが…「能」と「狂言」の違いって?どちらも舞台は能楽堂ですが。

2017.04.06

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歌舞伎や落語と並んで日本の古典芸能として知られる「能」と「狂言」。どちらも能舞台で演じられるので、いまいち違いが分かりづらいですよね。もちろん似ているところもあるのですが、ストーリーや面を使う割合など違いはたくさんあります。今回は「能」と「狂言」の基礎的な知識を学んでいきましょう。

上記イメージの画像出典:Japanese Noh masks (from Flickr, CC BY 2.0)

能に登場するのは幽霊・亡霊ばかり!?

能が大成したのは14世紀後半の南北朝時代あたり。「猿楽」と呼ばれる曲芸・寸劇・物真似などの芸能に、農村から生まれた歌や囃子が発展した「田楽」を取り入れたのが観阿弥(かんあみ)。そしてその息子の世阿弥(ぜあみ)が今日に伝わる能として確立したと言われています。

能に登場するのは、主役の「シテ」、シテと呼応して演技を引き出す「ワキ」、他にも「ツレ」などの役割があります。それぞれ専門分野が決まっている分業制で、「シテ」や「ツレ」を演じる「シテ方」が「ワキ」を演じることはありません。「ワキ」は面をつけることはないので、初心者はそこでどちらが主役なのかを判断する材料になるかも。

能には、幽霊や亡霊、さらに鬼もよく登場します。源氏物語に出てくる六条御息所の生霊が主人公の「葵上」、契りを交わした男を恋慕するあまり狂ってしまった遊女を描いた「班女」など、悲劇的なものが多いことも特徴。能は、趣きが深く味わいが尽きない「幽玄」の世界を体現しています。

笑いの芸術である狂言

狂言は、歌謡や舞踊が中心の能とは違い、セリフを中心に物語が進みます。狂言は「笑いの芸術」とも言われ、「声を出して笑える。おもしろい」「オチが分かっていてもつい笑ってしまう」という声がSNSに上がっています。

主役を「シテ」と呼ぶのは能と同じですが、「シテ」の相手役を勤めるのは「アド」です。「シテ」で有名なのは、コミカルで底抜けに明るい「太郎冠者(たろうかじゃ)」。カタツムリを知らない太郎冠者が山伏をカタツムリだと勘違いする「蝸牛」や、棒に縛られた体勢にもかかわらず、太郎冠者が何とか酒を飲もうとするしぐさが滑稽な「棒しばり」など、太郎冠者が登場する話は面白いものばかり。

また、狂言ではほとんどの演目で素顔のまま舞台に立ちます。「表情や声の使い方の絶妙さが笑いを誘う」「とても面白くて表情だけでも笑わされる」という声が上がっているように、表情豊かな役者さんたちの顔を見るのもまた、狂言の醍醐味と言ってもいいかもしれませんね。

 

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