カルチャー

普及したのは江戸時代!日本人に長く愛されている“銭湯”ってどんなところ?

2017.04.18

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内風呂の普及などが原因で年々数が減少しているものの、未だに根強いファンがいる「銭湯」。銭湯愛好家は、広い浴槽で足を伸ばしたり、のんびり浸かってリラックスしたりと思い思いの楽しみ方をしているようです。

銭湯は体を清潔にするという目的だけでなく、江戸時代には社交場としても活用されていました。今回は、そんな銭湯について詳しく見ていきましょう。

上記イメージの画像出典:Takashi .M / Public bath (from Flickr, CC BY 2.0)

長い歴史を持つ銭湯

全国浴場組合のホームページによると、13世紀の文書には既に銭湯に関する記述が見つかっているそうです。町風呂が誕生したとされているのは戦国時代の終わりである1591年。当時は下半身を湯に浸けて上半身は蒸気で蒸すタイプのお風呂でしたが、17世紀初頭には首までたっぷりと湯船に浸かるスタイルのお風呂が普及しました。

19世紀には2階に社交場を設けた「二階風呂」が登場。風呂から上がった後に囲碁や将棋を楽しんだり、茶や菓子を食べて一服したりとコミュニケーションの場として活用されていました。

ちなみに、現在の銭湯のマークは「ゆ」という文字をデザイン化したマークが使われていますが、江戸時代の銭湯のマークは「弓矢」。これは「湯入る」と「弓射る」をかけた江戸っ子の洒落から生まれたとされています。

銭湯と温泉って何が違うの?

大きなお風呂に入るという意味では似ていますが、銭湯と温泉は大きく異なります。銭湯はお湯をボイラーなどで沸かした人工的な入浴施設。日によっては「菖蒲湯」や「柚子湯」のように湯に植物を浮かべたり、ハーブや入浴剤を入れたお風呂を提供するイベントを行うこともありますね。

一方、温泉は「温泉法」という法律により、湧出した時点で温度が摂氏25度以上あること、またはリチウムイオンやラドンなど特定の物質のいずれか1つを有するものという定義があります。温泉には25度未満の「冷鉱泉」、25~34度未満の「低温泉」、34~42度未満の「温泉」、42度以上の「高温泉」があり、「高温泉」以外は加熱しなければならない場合がほとんど。温泉は温かいというイメージがありますが、そうとは限らないんですね。

一度は行ってみたい珍しい銭湯

銭湯といえば、富士山の絵が湯船の上に描いてあり、「ケロリン」という文字入りの黄色い風呂桶が転がっている…なんて光景を思い浮かべがち。でも、銭湯にはびっくりするようなものもあるんです。

東京都文京区にある「ふくの湯」は、ペンキ絵師である丸山清人・中島盛夫両氏の作品を楽しめる銭湯。現在では日本に3人しかいないと言われているペンキ絵師2人の作品が並ぶ贅沢な空間が広がっています。

また、東京都大田区にある「改正湯」は、湯船の横に水槽が備え付けられている銭湯。ゆうゆうと泳ぐ魚を横目にお湯に浸かれます。実際に改正湯に足を運んだ人からは「キンギョとコイとフナとチョウザメがいた」なんて目撃証言も。子どもからご年配の方まで楽しめる仕様になっているようです。

家にお風呂があっても、たまには行きたくなる銭湯。時間がある時は足を伸ばして、普段は行かない土地の銭湯でひとっ風呂浴びるのも粋かもしれませんよ。

ふくの湯
〒113-0022 文京区千駄木5-41-5
電話:03-3823-0371
営業時間:11:00〜24:00(平日)、8:00〜24:00(土日祝)
定休日:年中無休

改正湯
〒144-0051 大田区西蒲田5-10-5
電話:03-3731-7078
営業時間:15:00〜24:30
定休日:金曜日

 

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