実は北斎が広重より前に描いていた!? 幻の「東海道五十三次」の謎

2017.04.17

 

「東海道五十三次」は、みんなが好んだ定番の題材だった?

江戸時代、天才浮世絵師として活躍し、ゴッホやセザンヌなど世界の名だたる画家たちに多大なる影響を与えた葛飾北斎。なかでも、富士山をモチーフに風景や四季、風俗を描いた浮世絵「冨嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)」は誰もが知る名作です。この名作と双璧をなし、浮世絵の二大傑作として知られているのが歌川広重の「東海道五十三次」です。

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葛飾北斎「春興五十三駄之内 日本橋」(すみだ北斎美術館所蔵)

ところが、歌川広重が1834年頃に「東海道五十三次」を描いたその30年も前、実は北斎も「東海道五十三次」を描いていました。まさに、幻の「東海道五十三次」です。いったい、なぜ注目を浴びてこなかったのでしょうか? 昨年の11月に開館したすみだ北斎美術館の学芸員、山際真穂さんに、この謎を解いていただきました。

「『東海道五十三次』といえば、江戸の日本橋から京都までを結ぶ東海道の53の宿場を描いた錦絵。描かれた背景には、1802〜1814年にかけて出版された十返舎一九(じっぺんしゃいっく)による滑稽本『東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)』の爆発的ヒットがありました。当時大流行したお伊勢参りに向かう主人公の“弥次さん”と連れの“喜多さん”の道中を描いた旅行記です」

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「東海道中膝栗毛」のヒットを背景に「東海道五十三次」というテーマが流行。北斎は東海道五十三次の宿場と名所をデフォルメして一つの画面に描いた鳥瞰図を描いた。「東海道名所一覧」(すみだ北斎美術館所蔵)

「江戸時代の庶民は勝手に土地を移動することが許されておらず、病気を治すための湯治や、信仰のためのお参りなどといった理由をつけて旅に出ていました。お上はお参りには特別に寛容で、実際多くの人がこぞってお伊勢などへお参りに出かけていたのです。こうしたなか『東海道中膝栗毛』のヒットにより、旅をしたい!という気持ちが庶民の間でさらに高まり、浮世絵としても“東海道五十三次”のテーマが好まれるようになっていきます」

つまり広重が描くずっと以前から “東海道五十三次”は定番のテーマとして、さまざまな画家たちにより描かれていたのです。

「東海道を描いた『東海道分間絵図』や『東海道名所図会』にはじまり、広重の師匠・歌川豊広も“東海道五十三次”を描いています。北斎もこうした時代背景から、『東海道五十三次』を発注され、描くことになったようです。実際、明確に描いているわけではありませんが、弥次さん・喜多さんを思わせるような男性2人組がちょこちょこと出てきます。きっと江戸の人たちは、2人の旅するシーンを想像しながら浮世絵を楽しんでいたのだと思います」

江戸時代、浮世絵は一枚一枚手にとり眺めて楽しまれていた!

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すみだ北斎美術館で、北斎の「読本」や「洋風風景版画」などを専門に研究を行っている学芸員の山際さん

「北斎が描いた『東海道五十三次』は現在、全部で7種類が知られています。そもそも江戸時代の錦絵は、画家が版元から注文を受けて描き、絵草紙屋(えぞうしや)という、いまでいう本屋のような場所で売られていました。人気がなかったら7度もの注文はこないはず。豊広の『東海道五十三次』などと比べても断突の発注数であり、北斎の『東海道五十三次』はすごく人気があったことが予想されます」

しかし現在に至るまで、広重の「東海道五十三次」ばかりが注目され、北斎版が現代までメジャーな作品として残らなかったのはなぜなのでしょうか。

「広重の『東海道五十三次』は20種類以上も出版されていて、北斎の7種類以上に爆発的ヒットとなりました。単純に広重版が有名になりすぎたこともあると思います。また、北斎の『東海道五十三次』は小判のものが多く、7種のなかで一番多く見られる標準サイズは17×12cm。一番小さいものでは9×6cm弱と手のひらサイズです。一方、広重版のなかでも人気のものは見応えのある大判で39cm×27cmほど。比べると大きさの違いがよくわかると思います。江戸時代、浮世絵は個人で所蔵し、一枚一枚手にとり眺めて楽しむことができたので、北斎の小判も人気がありました。しかし、現代になって美術館の壁に展示されたものを遠くから眺めることが主流となり、結果として大判で見応えのある広重版が注目されたのではないでしょうか」

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ベロ藍を多用し、見事に富士の風景を描いた葛飾北斎の「冨嶽三十六景 東海道金谷ノ不二」

また、大きさだけでなく、同じ題材ながら描かれているものも異なっているといいます。広重版はご存知の通り風景が中心に描かれている一方、北斎版は風俗をメインに描いているのです。そこには、30年という大きな時代の変化があったからだとか。

「そもそも北斎が『東海道五十三次』を描いていた1801〜1810年頃、浮世絵という枠組みにおいて“風景”はメジャーなジャンルではなかったようです。その後、1802年頃に出版した北斎の『冨嶽三十六景』のヒットにより、“風景”が一気に人気ジャンルに。広重は北斎に大きな影響を受けていましたが、“風景”を描いている点や、当時一気に流行した目の覚めるような青色“ベロ藍”の多用などを見ても、北斎が描いた30年も前の『東海道五十三次』ではなく、同時期に出版された『冨嶽三十六景』に強く影響を受けていると思います」

同じテーマを描きながら、時代の流行や技術を受けてそれぞれの「東海道五十三次」を描き出した北斎と広重。いままで知られてこなかった北斎版には、さまざまな魅力が隠されているそう。

「北斎の『東海道五十三次』は、各地の名所や美味しいもの、お土産にもなる工芸品など、風俗が中心に描かれていて、いまでいう旅のガイドブックを見ているような感じがしてきます。錦絵を見ている人は、この場所にはこんな楽しみがあると知ることができた。さらに、人々が海苔などの特産品を作っている様子や、楽器を奏でている様子なども描かれており、民俗学的な資料としても大変参考になります。美術品とは違った使い方もできて、切り口満載な作品だと思います」

北斎の「東海道五十三次」を生で楽しめる展覧会が4月18日から開催

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「てくてく東海道-北斎と旅する五十三次-」展覧会パネルの前で山際さんと。

そしてこの注目の北斎版「東海道五十三次」がこのたび、すみだ北斎美術館にて生で楽しめるといううれしい知らせが!「てくてく東海道-北斎と旅する五十三次-」と題した開館記念展第3弾で、北斎版全7種類のうち、なんと6種類が展示されます。

「今回、展示する6種類のなかでも、『春興五十三次駄之内(しゅんきょうごじゅうさんだのうち)』と『東海道五十三次絵尽(とうかいどうごじゅうさんつぎえづくし)』の2種は前期と後期に分けて全図公開の予定です。初摺の揃いは当館のみで所蔵が知られている『春興五十三次駄之内』ですが、北斎の東海道五十三次シリーズでは唯一の“摺物”で、趣味人たちによって発注された非売品です。空摺り(現在でいうエンボス加工に類似した技法)を使っており、非常に贅沢なつくりの浮世絵です。描かれている人もとてもエレガントなんですよ。のちに形を変えて一般にも売られるようになり、明治期まで再出版を重ねるほど大人気になったシリーズです。

また、『東海道五十三次絵尽』は、当館が所蔵するピーター・モース コレクションからの作品で、北斎版も外国人から人気があったことがわかります。明治期に日本を旅した外国人は、日本人を見て『妖精のようだ』と評しましたが、正方形に近いこの小判の錦絵は当時外国人のあいだでも可愛らしい風俗画として愛されていたのだと思います」


「五十三次江都の往かい」は、7種のなかでも一番色彩が鮮やかなシリーズ

また、同じくピーター・モース コレクションで、北斎の「東海道五十三次」のシリーズでは一番小さいサイズとなる「東海道 彩色摺 五拾三次」や、鮮やかな色彩が印象的な「五十三次江都の往かい(ごじゅうさんつぎえどのゆきかい)」、「東海道五十三次 絵本駅路鈴(えほんえきろのすず)」、「東海道五十三次」などからも数作品ずつ展示される予定だとか。

「今回の展覧会は展示点数が多いこともあり、飽きることがないよう、定番の宿場順(日本橋〜京都)の展示に加えて、第3章では旅の風景、文化、信仰、特産品、土地の暮らし、名所の6つのジャンルに分けて、当時の旅の楽しみを知ってもらえるような展示構成にしました。また、ミニマムな燭台など当時の人が使っていた旅の道具を“トラベルグッズ”と題して紹介しています。初めての試みなので、ぜひ楽しんでみてください」

世界中で人気を博す北斎の、新たな魅力を存分に楽しめる今回の展覧会。話題になること必須です! この貴重な機会にぜひ、訪れてみては。

⬛︎開催概要
開館記念展Ⅲ「てくてく東海道-北斎と旅する五十三次-」
会期:2017年4月18日(火) 〜 2017年6月11日(日)
前期・4月18日(火)~5月14日(日)
後期・5月16日(火)~6月11日(日)
※作品保護のため、前後期で一部展示替えを行います。

会場:すみだ北斎美術館
住所:東京都墨田区亀沢2-7-2
休館日:月曜日
開館時間:9:30~17:30(入館は閉館の30分前まで)
入館料:一般1000円。大学生・高校生・65歳以上700円、中学生300円
http://hokusai-museum.jp/

構成/森本 泉 取材・文/井上真規子