ホテルオークラ至福のおもてなし 《第1話》

2017.10.12

ホテルオークラ東京の三つのモヒートの物語

 「モヒートは難しいカクテルだ」。きっと、バーテンダーの多くはそう思っているだろうし、私もバーカウンター越しに、何度もそのように聞いたことがある。モヒートの主だった材料は、ベースのラム酒にミントの葉、ライムに砂糖、そして仕上げのソーダと、比較的に入手しやすいものばかりで構成されている。シンプルなレシピの常で、そのぶんバーテンダーの力量や味覚のセンスが問われるのだろう。もうひとつ、モヒートが難しいのは、オーソリティとなる厳格なレシピがないからだと思う。例えば、“本物”のモヒートにはフレッシュミントの葉を使う。ミントにも種類があるが、モヒートの定番のスペアミントにしても、育つ場所や季節によって味わいが違うはずで、バーとバーテンダーの数だけモヒートの味がある、ともいえそうである。

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左はメインバー  オーキッドバーの「ミントスマッシュ」。ブルガル1888と和三盆を使用した贅沢なモヒート。右はスコティッシュバー  バー ハイランダーのシグネチャー・カクテル「モヒート」。ヘミングウェイがこよなく愛したハバナのバーのレシピを再現したものだ。本文中に紹介した裏メニュー「キング・モヒート」はご自身で体験するまでのお楽しみに。問い合わせ/メインバー  オーキッドバー 03-3505-6076 スコティッシュバー  バー ハイランダー 03-3505-6077

 

 とはいえ、その難しいモヒートを看板にするバーもある。さしずめ代表的なのは、かのヘミングウェイが通ったとされる、キューバはハバナのバー「ラ・ボデギータ・デル・メディオ」だろうか。私は訪れたことがないので本場の味わいは知らないが、ここのモヒートはヘミングウェイの文章の一部に引用されている。そして、そのモヒートを本歌にしているのが、ホテルオークラ東京のスコティッシュバー「バー ハイランダー」で出される「モヒート」である。ハイランダーでは、約10年前にこのレシピを作った。今ではモヒートの手本として、国内の多くのバーテンダーが参考にしている。この「モヒート」は、当時バー ハイランダーに努めていたバーテンダーが、実際に自らキューバの「ラ・ボデギータ」や、有名ホテル「パルケ セントラル」などのバーで体験したモヒートを忠実に再現したものであり、今では「バー ハイランダー」どころか、ホテルオークラ東京を象徴するシグネチャー・カクテルになっている。

 ホテルホークラ東京の料飲部 料飲サービス課 オーキッドバーマネージャーの福田匡晃氏によると、「バー ハイランダー」の「モヒート」のレシピの大事な約束は、「ハバナクラブ3年を使うことと、ガムシロップを使わないこと」であるという。ガムシロップの代わりにグラニュー糖を粒のまま使い、フレッシュミントの葉を“えっ”と驚くほど入れることが特徴となっている。まず、グラスにグラニュー糖とライムジュースを入れて混ぜたら、ミントの葉を入れてペストルで香りが出るようにソフトにつぶす。このとき、決してグリグリ潰してはならない。「グラニュー糖も溶かしきらず、少々のジャリっとした感覚も残すようにします」と福田氏。あまり丁寧すぎてもいけないようだ。このちょっとラフで野性味のあるレシピから生まれる味が、悪魔的でクセになる。もう、こればかりはご自身で体験してもらうより仕方がない。

okura04sメインバー オーキッドバーのカウンターで「ミントスマッシュ」を作るホテルオークラ東京の福田匡晃氏。正面のボトルはプレミアム・ラム、ブルガル1888。

 

 さて、「バー ハイランダー」にはもう一つ、通が好むモヒートの裏メニューがある。それが、「キング・モヒート」である。こちらは、キューバでも高級なハバナクラブの7年ものをベースに使う。基本的な作り方は、先のモヒート同じだが、アンゴスチュラ・ビターズを、10ダッシュ(滴)ほど、これでもか!というほど振るのが約束だ。「普通のバーテンダーの感覚だと、ちょっと怖じけるくらい振るのがうちのレシピです」と福田氏は語る。実際に味わうとビターの香味が鮮烈にアタックするが、甘みや酸味といった味覚のバランスがギリギリで際立ち、そのバランスの良さには思わず舌を巻いてしまった。

 そして、ホテルオークラ東京にはもう一つ、知る人ぞ知るモヒートがある。メインバー「オーキッドバー」の「ミントスマッシュ」である。こちらは、 ブルガル1888というプレミアム・ラムをベースにし、砂糖の代わりに和三盆を使う。私は日本的なニュアンスを感じたが、海外からのゲストの多くはオリエンタルな味わいを感じるそうである。

 一つのホテルに、モヒートの自慢すべきレシピが3種類とはさすがホテルオークラ東京。面目躍如たるものを感じるが、このホテルがシガー文化を大切に育んできたこととも無関係ではあるまい。シガーとモヒートは、最高のマリアージュだからだ。そして今日でも、ホテルオークラ東京の二つのバーでは、モヒートと共にシガーを心おきなく堪能できる。それは今の時代に、とても贅沢なことだと改めて思うのである。

 

文・中村孝則

写真・青木倫紀

構成・藤野淑恵