生駒芳子コラム第3回:世界遺産から日本遺産へーー眠れる宝を未来につなぐために

2017.11.17
japanheritage

  富士山の登録や、軍艦島の登録など、そのつど話題となり、注目を浴び続ける世界遺産ですが、並行して、日本遺産というプログラムが2015年より文化庁において始まっていることは、ご存知でしょうか? すでに3年間で54箇所認定されており、2020年までには100箇所認定を予定しています。

 その名も、「日本遺産」、英訳してJAPAN HERITAGE。世界遺産が、具体的な場所や物におりるのに対し、日本遺産は、日本全国各地の歴史の中に宿る“物語”におります。物語とは、まさに目に見えない世界。熱心に語り継がれたり、観光や産業、教育などを柱としたブランディングを施して伝えていかないと、消えて無くなってしまうーー。そんな足元に埋もれている物語を掘り起こし、価値づけして、未来に残そうという考えから、このプロジェクトは始まりました。

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2017年7月、京都で開催された日本遺産サミット。
全国から日本遺産に認定された市町村が出展し、メディア関係者と来場者にプロモーション。

 気質なのか、謙遜の美意識からなのか、日本人ほど、自ら持っている宝を自慢しない民族はいない、とはよく言われることであり、私自身も痛感してきていることです。日本の宝を発見し、高い付加価値をつけて文化事業やビジネスに結びつけていくのは、いつも海外の人々や企業——ということは、ファッションやアート、伝統工芸の領域で長年感じてきたことです。

 今まで日本の歴史の中で、最も海外へのアピールが盛んだった時期といえば、明治時代。19世紀後半、明治政府は、盛んに欧米諸国に対し、伝統工芸や伝統文化をアピールし続けたものです。その結果、浮世絵や伊勢型紙が、印象派やアールヌーボーといった西洋の美術運動が起こるきっかけを与え、また有田焼の大花瓶がパリ万博で金賞をとるなどして、いわゆる日本ブーム=ジャポニスム運動を起こすのです。約260年間、鎖国を続けてきた日本では、開国後、欧米の旅行家や宣教師によって熟成した文化が発掘され、それを明治政府が船で運び、海外の舞台で価値づけされたのです。当時の日本を旅した旅行家の記述によると、一見、未開の地のように見えた生活様式の中で暮らす日本人は、高度に発達した文化と教育を行き渡らせた「進化した別の惑星の住人」と思えるほどの状況だったという。

 その時代から約1世紀半が経った今、第二のジャポニスム運動が起こりつつあるのです。来年度パリで開催されるジャポニスムの展覧会は、まさに日本の文化への海外からの熱い注目を示す象徴的イベント。日本ブームの大波が来ると予測される今こそ、日本から「日本の宝」を発信することが期待されるのですが、その道筋の一つが、「日本遺産」ではないかと私は見ています。

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昨年度から「日本遺産プロデューサー」という肩書きを得て、数人の地域プロデュースのプロたちとチームを組み、全国の認定地域を手分けして訪ねています。各認定地域は、物語を掘り起こし、その物語に関連した構成文化財のリストと共に、文化庁に申請をします。世界遺産には、事前の調査に時間をかけて、メディアがその成否を占うような盛り上がりがありますが、日本遺産は、申請された物語を、審査会で審査して決め、発表するという経緯ですので、認定前ではなく認定後の盛り上がりが期待されるプログラムなのです。

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京都は「日本茶800年の歴史散歩」という物語で、日本遺産の認定を受けた。

昨年度は、織田信長のもてなし文化に認定が降りた岐阜市、今年度はお茶の文化に認定が降りた京都府で、それぞれ、日本遺産サミットが開催され、関係者一同と地元の方々とに、日本遺産を知っていただく場が設けられました。

まだまだ知名度が上がる余地のある日本遺産ですが、今後は、オンラインとオフラインにて、認定後の盛り上がりをうんと楽しんでいただけるような多くの機会を作れるよう作戦会議中です。どうぞご期待ください!

 

日本遺産のポータルサイト

 

<プロフィール>

生駒芳子(いこま よしこ) 

VOGUE、ELLEを経て、マリ・クレール日本版の編集長を務める。2008年に独立し、ファッションからアート、デザイン、伝統工芸、エシカル、クール・ジャパン、社会貢献、女性のエンパワメントまで、幅広く執筆・編集・企画・プロデュースを手がける。2010年より、日本の伝統工芸を世界発進するプロジェクト「工芸ルネッサンスWAO」の総合プロデュー サーを務め、パリ、ニューヨーク、東京で、ファッションやデザイン、アートを切り口としたキュレーションで伝統工芸世界を紹介。2017年、伝統工芸をベースに置いたラグジュアリーでクリエイティブなオリジナルブランドを立ち上げる。