中村孝則コラム第2回:「日本に眠る魅力」を呼び覚ます

2017.11.03
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©Yuji Hori

【剣道を無形文化遺産に】

「剣道は、オリンピックにならないのですか?」

私は剣道を40年以上続けていますが、国内外問わず様々な方に定期的に受ける質問です。オリンピックへの競技参加は、そのスポーツ競技に関わる人々にとって、発展や普及という目的という意味において、一つの目標でしょう。全日本剣道連盟(以下、全剣連)の公式なデータによると2011年3月末時点の剣道の有段者登録数は、1,619,859人(内、女子は460,624人)です。全剣連では発表していませんが、日本の推定の競技人口は180万人ともいわれています。柔道の日本の競技人口の約16万人に比べて10倍ほど。近年では、海外での剣道人気が高まり、競技人口の推定は日本も含めると約250万人と言われています。オリンピックには過去一度も参加していませんが、剣道は1970年から3年に1度のペースで世界選手権が各国で開催され、2015年の日本開催では56の国と地域800名を超える剣士が参加しています。「ぜひオリンピックに!」と期待するファンの気持ちは、とてもよくわかります。


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©Yuji Hori

とはいえ、剣道がオリンピックに参加するのは現状では、かなり難しいでしょう。そもそも母体である全剣連そのものがオリンピックに積極的ではないのです。その全剣連のホームページにも記載されていますが、剣道には理念というのがあり、その本質がオリンピックの理念と現状に全くそぐわない。平たくいえば、オリンピックが勝負至上主義なのに対して、剣道は勝負を超えた人間形成を理念にしています。スポーツと武道の違いといって仕舞えばそれまでですが、柔道が国際化でその本質から離れてしまった、あの二の舞いにはしたくない、と思っている人も多いのです。


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©Yuji Hori

加えて剣道は、一本の判定が極めて難しい。素人の方は、まずわからないと思います。それだけでもオリンピック向きではない。私も試合の審判をすることがありますが、正直申し上げて、私でも一本の判定はとても難しい。一本になる打突を剣道では「有効打突」といいますが、剣道試合・審判規則ではその基準を「充実した気勢、適正な姿勢を持って、竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突し、残心あるものをいう〜」と続きます。文章だけではよくわかりませんよね。個人的な解釈で恐縮ですが、要するに“竹刀を刀に見立てたら、致命傷の技になっているか”、という判断なのです。しかも、その一連の動作が武士道に照らして正々堂々としていたか、という基準もあります。その象徴が「残心」です。これは動作の上では、一本決めた後で相手に剣先を向けて隙を作らない所作をすることですが、その本質は倒した相手にも敬意を持つということです。剣道ではこの「残心」がないと、たとえ一本とっていても取り消しになります。いわんや、ガッツポーズなどしたら即、取り消し。一本の基準はこうした心の働きも含めた美的要素——芸術的ポイントが加味されるのです。ただ当たれば一本にならいところが判定の難しさであり、逆にいえば剣道の本当の面白さにつながっているのです。

2012年5月23日のザ・ニューヨーク・タイムス紙に『剣道をオリンピックに?No Thanks』という記事が記載されました。そこにコメントを寄せたニュージーランド出身の武道学者で関西大学教授のアレキサンダー・ベネット氏も同じような見解を述べていました。「もし剣道をオリンピック競技にするなら、かなり単純化しなければならない」仮にそうなれば「剣道の審美的な価値は失われる」と述べてます。個人的に付け加えるのなら、ベネット氏の指摘する審美的な価値に加え、剣道には“日本の禅”に通じる宗教的、芸術的な雰囲気があるのも魅力です。

そもそも剣道は日本の武士、侍を起源にしています。宿命として、死というものに対峙しなくてはなりません。真剣ではなく竹刀を使う疑似体験だとしても、相手を切りに、殺しにいくわけです。ある種の人間の業に向き合うわけです。同時に殺されたくない、死にたくないという恐怖とも対峙しなくてはならない。その狭間で、自分も相手も活かす境地が、いわゆる禅で言うところの“活人剣”という極意です。そこを格闘技で模索するというところに、剣道のある種の芸術性があると感じていますが、これほどにユニークな芸道は、世界でも珍しいと思います。

 

<プロフィール>

中村 孝則(なかむら たかのり)

コラムニスト。1964年神奈川県葉山町生まれ。ファッションからカルチャー、旅やホテル、ガストロノミーからワイン&シガーまで、ラグジュアリー・ライフをテーマに、執筆活動を行っている。また最近は、テレビ番組の企画や出演、トークイベントや講演活動も積極的に展開している。現在、「世界ベストレストラン50」日本評議委員長も務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。

 

文 中村 孝則 
写真 堀 裕二