齋藤峰明コラム第1回:プレミアムジャパンが考える「プレミアム」とは?<<前編>>

2017.10.12
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プレミアムジャパンのリニューアルにあたり、全体監修をすることになりました齋藤峰明です。エルメスという海外のブランドに長く勤めていた私が、どのようなきっかけでプレミアムジャパンの監修をするに至ったのか、自己紹介も兼ねてお話します。

 

19歳でフランスへ

日本で高校を卒業後、すぐに渡仏しました。最初は、フランスで何かをしようという明確な目的はなかったのです。でも、日本育ちの19歳の青年なんて海外に出ればチリみたいなもので、当然なことですが、いなくても社会は普通に動いています。誰とも関係のないところで、一人で生きていくというのは不可能で、社会の中で自分の居場所を見つけていく必要があることに気付かされました。そこで職業という概念の中で一人前になろうと、半年間フランス語を集中して勉強し直し、大学へ進学しました。そして、もともと興味のあったアートにおける批評や評論の勉強をスタートしたのですが、わずか3か月程でストライキが始まり、授業がなくなってしまったのです。その頃は1ドル360円の時代で、フランスで生活すること自体が大変な中、授業がないのに何もしないわけにもいかず、働かざるを得ませんでした。そこからは、アルバイトをしながら大学に行くという生活が始まりました。

 

フランスの商品を日本に、そして日本の商品をフランスに

こうして大学を卒業した後はパリ三越の駐在員になり、70、80年代はフランスの商品を日本へ紹介する仕事をしていました。あの頃日本は海外の新しいライフスタイルや商品を貪欲に取り入れていた時代でした。パリでデザイナーや職人がもの作りをしている現場を訪ね、つぶさに見て回りその職人魂に触れられることはとても刺激的であるとともに、日本の社会の豊かさのために確実に寄与しているという充実感も感じていました。
そのうち今度は日本の商品をフランスに紹介したいと思い始めたのです。当時のフランス人が持っていた日本のイメージは、『フジヤマゲイシャ』の古めかしい伝統的な世界か、『ウォークマン』に代表されるエレクトロニクスしかなく、この2つのギャップを埋める部分を伝えて日本を理解してもらいたいと思いました。そして1987年、「パリ三越」1号店の跡地に、雑貨を中心とした日本のデザイングッズを扱う「SHIZUKA」という店舗をオープンしたのです。日本の物を売るだけでなく、情報も発信していきたいと考え、オープニングは、新進気鋭作家として注目されていた日比野克彦氏の段ボールを使った作品を展示。感度の高いパリの人達に受け入れられ、商品も飛ぶように売れました。今思えば、現在の活動はこの「SHIZUKA」が原点なのかもしれません。

 

エルメスとの出会い 

こうしてフランスの商品を日本に紹介し、また日本のものをフランスに提案する活動を同時に行なっていましたが、作り手の精神を、使う人にきちっと伝えたいという想いがあり、もの作りから、それが使われるまでの過程を見届けられる仕事に就きたいという気持ちが徐々に募っていきました。そんな折に、偶然にもエルメスからオファーが来たのです。エルメスは職人気質で、哲学を持った素晴らしいブランドという認識があり、心惹かれました。ただ、勤務地が日本だと言われて一度は断ったんです。ただしばらくしてエルメス本社の工房に案内されて、実際に職人が働いている様子を見にと、誰もが生き生きとしていて気持ちが変わりました。そこで帰国を決意し、エルメスジャポンの運営に携わることになったのです。

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エルメスの工房の様子

 

もの作りとライフスタイル

日本のエルメスで働き始めて最初に思ったのは、その素晴らしい商品の本当の価値をお客様にもっときちんと伝えていく必要があるということ。その意味で、エルメスの文化や、もの作りの精神をしっかりと伝えて行くことに力を注ぎました。こうして私はエルメスの商品を提案しながら、ものを大事に使うとか物に精神性を求めるといった、日本人がもともと持っていたものの文化をもう一度呼び起こす役割を担ってきたと自負しています。また日本には、エルメスに勝るとも劣らない高い技術を持つ職人たちがたくさんいます。ただ残念なことに、質は高くても、現代のライフスタイルに合った商品を作れているかというと疑問なのが現状です。その点エルメスは、常にライフスタイルの変化をいち早く感じとって、もの作りを進化させてきたからこそ、今でもお客様に支持されている。ものはその時代時代のライフスタイルの中で使われなければ意味がないのです。

<<後編につづく>>

 

<プロフィール>

齋藤 峰明(さいとう・みねあき)

シーナリーインターナショナル代表
1952年静岡県生まれ。高校卒業後渡仏。パリ第一(ソルボンヌ)大学芸術学部卒業。1975年フランス三越に入社。1992年、40歳の時にパリのエルメス本社に入社後、エルメスジャポン株式会社に赴任。営業本部長、専務取締役を経て、1998年より代表取締役社長として、日本でのエルメスの発展に尽くす。2008年外国人として初めて、エルメスパリ本社副社長に就任した。
2015年、エルメス社を退社後、シーナリーインターナショナルを設立。代表として、新コンセプトのフットウエアブランド「イグアナアイ」の紹介や、日本の伝統技術及びデザインアイテムを紹介するギャラリー「アトリエ・ブランマント」をパリにオープンするなど、パリと東京をベースに日本の新しいライフスタイルの創出と、世界への発信の活動を開始。ほかにライカカメラジャパン株式会社 取締役、パリ商工会議所日仏経済交流委員会 理事など。
1997年 フランス共和国 国家功労勲章シュヴァリエ 叙勲。