風の森ALPHA4 新たなる希望:「気になる日本酒」 vol.13 あおい有紀

2016.01.09

 

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清酒発祥の地と言われる奈良県で、風の森ブランドの新たな挑戦

「飲んだ時に舌で楽しめ、うんちくではなく“本能で美味しい!”と感じるお酒、それに尽きると思うんです」と語るのは、1719年創業、油長(ゆうちょう)酒造の13代山本嘉彦社長(34)。関西大学工学部生物工学科を卒業後、いずれは実家の酒造りでまた理系の世界に戻ることもあり、あえて文系の職種を選択。4年間大阪の大手百貨店にて、ジュエリーやスイーツの売り場を担当するという、蔵元としては異色の経験を持ちます。蔵に戻ってからは、東京農大出身の父、山本長兵衛氏から酒造りのいろはを学びました。

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蔵名からも分かるように、奈良県御所市では、江戸時代、菜種油の精油業や酒造業、織物、薬が主な産業で、油長酒造も昔は油屋だったそう。酒造業を始め、今年で297年になりますが、もともと奈良県は清酒発祥の地とも言われています。長い歴史を見ると、焼き物の壺から木桶による酒造りに変わった室町時代、例えば総米100kgの仕込みから総米1tと造る量を増やせるようになり、奈良にある正暦寺で、僧侶が菩提酛や三段仕込みを始め、もろみを濾したのが清酒(すみざけ)の始まりです。「世界中どこでも、ワインや修道院ビールなどアルコール飲料の製造技術が爆発的に進化するのは、宗教、権力、お金、が合わさった時なんですよね。当時の寺は、今の大学や研究機関のようなもの。正暦寺も天皇の勅命で建てられ、広い敷地に1000人を越える僧侶がおり、科学的な分野を含め技術革新が行われてきました。大陸との交流がさかんで、シルクロードを通じて様々な情報、知識が集約されてきた場所だったんです」と山本社長。そこでの大きな改革のひとつが、現在の酒造りに通ずる革新でした。平成8年、その僧坊酒を復活させようと、山本長兵衛氏や県内の蔵元が集い、“奈良県菩提酛による清酒製造研究会”を立ち上げました。室町時代の文献をもとに、500年ぶりに当時のお酒「菩提泉」を復活。現在も毎年1月に正暦寺で菩提酛を造り、研究会の酒蔵メンバーはその酒母を用い、菩提酛の日本酒も造っています。

清酒が生まれた原点を大切にし続けながらも、一方で現在の技術をもって最高の酒を造りたい、と日々進化している油長酒造。“無濾過、無加水、生酒”この3つをキーワードに、老若男女問わず誰もが美味しいと感じてもらえる酒を目指して、19年前、父の代に「風の森」ブランドが誕生しました。地元奈良産の米で造った日本酒を、奈良の方に飲んでもらいたい、というコンセプトのもと、地元契約農家が栽培する秋津穂、キヌヒカリ、露葉風を中心に奈良県産の米を75%使用しており、米の個性を味わいに引き出す造りを目指しています。

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蔵から車で10分くらいの場所には稲作発祥の地と言われる場所があり、小高い場所で風の通り道になっていることからその昔「風の森」と命名され、風の森神社も祀られています。銘柄の由来となったこの「風の森」は、地元の人々にとって古くから親しみがあり、稲作と深い関わりのある地名だったのですね。

「秋津穂は奈良の飯米ですが、風の森好適米と呼びたいくらい、風の森らしい味わいが出せる、無くてはならないお米です」と山本社長はその米を評します。仕込み水は金剛葛城山系の深層地下水を使っていますが、硬度214mg/L以上の超硬水。ゆっくり時間をかけて醪を造り、搾ったお酒を極力酸素に触れること無く、刺激を与えないように瓶詰めすることで、開けたては弾けるような炭酸ガスがシュワっと爽やかに、時間とともに丸みを帯び円熟を増す味わいを楽しめる。最後の一滴まで、果汁のようなジューシーさを感じ、安定感があり、かつ凝縮感ある生酒を目指しています。

「搾ったそのままの味わいで美味しく感じる、いいバランスになる酒造りを醪の段階でコントロールしています」と話す山本社長ですが、もうひとつ、酒の搾り方にも、大きな秘密がありました。

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油長酒造が開発し、蔵人のみぞ知る搾り方、笊籬採り、氷結採りとは?

室町時代から江戸時代の文献にある、笊籬(いかき)という清酒造りの技法を参考にし、現代風に進化させた搾り方、笊籬採り。細かい網の目のステンレス製の長い筒を醪に沈めると、浸透圧で液体部分が筒の中に流れ、酒と酒粕に分離できます。それをサイフォンの原理でタンクに移すことで、極力空気に触れず酸化を防ぐことができます。現在、風の森の約5%がこの笊籬採りで搾られていますが、更に進化した搾り方を開発、それが“氷結採り”。聞きなれない言葉ですが、それもそのはず、日本酒業界初の試みだからです。

アルコール度数が18度の場合、-7〜8度で酒は凍りますが、独自に設計した発酵タンクでモロミ中の微生物の働きをコントロール。無酸素、無加圧状態で、もろみを酒と酒粕に分離させ、静かに上澄みの酒の部分を取り出すというもの。酸素だけでなく、濾布、木、金属、樹脂などと触れることも無いので、味わいへの悪影響も避けられます。驚きの発想ではありますが、搾りにおける様々な工程をカットし、極力シンプルに、そしてそのまま無垢の味わいを瓶詰めへ。酒造りの常識を超えた、しかし現在の技術だからこそ実現した新たな搾り方。現在特許申請中とのことです。

 

「風の森ALPHA」シリーズの展開

風の森ブランドの中でも、ALPHAシリーズは独創的な技術で新たなチャレンジをコンセプトに、アルコール度数を低く設定したTYPE1、高精米のTYPE2,火入れをしながら風の森本来の味わいを楽しめるTYPE3まで発売してきましたが、昨年12月、この氷結採りで搾ったお酒を「風の森ALPHA4 新たなる希望」と命名し、初お披露目となりました。封開けは、微炭酸がピチピチと弾け、まるでソーダ水のような軽やかな口当たり。穏やかな吟醸香が広がり、クリアで透明感ある味わい、そして心地良い苦味がキレの良さを演出。キラキラと煌めく純度の高いクリスタルのように美しく繊細ながら、中心には米のふくよかさが核となり存在している、見事なバランス。日本酒の新たな可能性への扉が開いた、その歴史的瞬間に触れたようなドキドキ感を持って頂きました。

「500年前に菩提酛造りが清酒への扉を開いたように、ここから30年後くらいにはこの氷結採りが当たり前になっているような時代になるかもしれません」

山本社長は、酒造りにおける長い歴史の新たな1ページを、今確実に刻んでいます。先人たちの積み上げてきた崇高な技術に敬意を評しながら、確固たる信念のもとに理想の味わいを実現するため、あらゆる努力を惜しみません。日本酒の世界に、どんな風を吹かせてくれるのか。一口飲んで、美味しい!とダイレクトに味覚に訴えかける日本酒への追求は、まだまだこれからも続きます。

 

取材・文/あおい有紀

【あおい有紀の〈気になる日本酒〉】一覧記事はこちら
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 あおい有紀

フリーアナウンサー・和酒コーディネーター

テレビ、ラジオなど各媒体で活躍する一方、日本の食や和酒の魅力発信を積極的に行い、大切さ、楽しみ方を伝えている。フィールドワークを信条とし、全国の酒蔵に200回以上足を運ぶ。酒蔵ツアーや日本文化×日本酒のコラボイベント、様々な国籍の料理×日本酒のマリアージュイベントなどの企画・主催をはじめ、各地での講演、セミナー講師多数。ル・コルドン・ブルー日本酒講師。観光庁「平成25年度 官民協働した魅力ある観光地の再建・強化事業」にて、目利き役。女性向け日本酒本「日本酒日和」(舵社)監修。日本酒造青年協議会「酒サムライ」叙任。 

【資格】きき酒師、焼酎きき酒師、WSET(International Higher Certificate in Wines and Spirits)、一級フードアナリスト、日本箸教育講師など