新橋 鮎正:「食の王道」vol.13 広川道助

2016.02.04

 


「寒くなったから鮎正に行こうよ」
そのせりふが腑に落ちる「あんこう鍋」の快楽

特定の季節を彩る食材が名物の店があります。春の山菜、夏のハモ、秋の松茸、冬のふぐなど、その季節だけには訪れたいと思う店は都内にもいくつもあります。

新橋「鮎正」もそのひとつです。本店は島根県の高津川の近くにある割烹「美加登家」で、東京に日本料理の支店を出して50年以上になります。

高津川は指折りの鮎の産地として知られ、名前の通り、鮎の季節には「鮎正」の料理を味わうため、多くの客が訪れます。白味噌椀、背越し(刺身)、うるか、塩焼きなどの名物料理は、たしかにシーズンに一度は味わいたい逸品です。

しかし、たいていの食いしん坊は鮎のシーズンを終えると、「鮎正」の存在自体を忘れてしまいます。でも、考えてみてください。高津川の鮎は、数ある鮎の産地のなかでも天然遡上の美味と称されますが、それを料理する職人の力があってこそ、鮎正はここまでの名声を高めたのです。

しかも、島根県は山海の素晴らしい食材がとれるところです。春はおこぜや毛がに、夏はハモ、モクズガニ、秋は松茸、冬はふぐなど。その食材に料理人の腕が合わされば、鮎の季節でなくても、美味しい料理が味わえるのは当然でしょう。

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なかでも冬のあんこう鍋は、冬のシーズンに一度は食べたいものです。あんこう鍋のうまい東京の店といえば、銀座「はち巻岡田」や六本木「さぶ」、築地「ほていさん」などいくつもありますが、たいていはしょうゆ味のすっきりとしたスープか、煎り付けた肝を味噌で溶かして野菜とあんこうの汁で仕立てた、野趣あふれるどぶ汁スタイルです。

ところが鮎正のそれは、繊細な出汁に蒸しあげたアンキモを溶かして白味噌で整えたスープ。それがあんこうの身とマッチして絶妙な鍋となる。上品でありながら、あんこうの持つ強さを削がず、鍋のなかで小宇宙が完結するのです。

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