浅草 ふぐ 牧野:「食の王道」vol.15 広川道助

2016.02.18

 

ふぐ屋なのに蟹大根鍋を誰もが注文
浅草「ふぐ 牧野」の抱える“永遠の矛盾”

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料理には著作権が適用されないため、名作はどんどんコピーされる運命です。私が若いころでいえば、パリの三つ星フレンチ「ランブロワジー」のベルナール・パコーシェフが作り上げた「赤ピーマンのムース」が、瞬く間に日本にも上陸。そこら中のレストランで同じ名前のメニューが出てきたことを思い出します(味はさまざまでしたが)。

もともとは賄いとして生まれ、20年以上前は一部常連の裏メニューとして知られていただけの浅草「ふぐ 牧野」の蟹大根鍋も昨年、若者の集う東急沿線の新店でコピーされ、名物メニューとしてメディアに登場するほどになりました。まあ、それほど、この鍋の完成度が高いということでしょう。

本家は厨房器具の問屋街と知られるかっぱ橋の一角にあるふぐ料理店です。「焼ふぐ」の元祖としても知られ、下町価格でうまい天然ふぐを食べさせるので、私が初めて訪れた30年ほど前からすでに、シーズン中は満員御礼でした。

仲居さんも下町のホスピタリティが満ちています。たとえば4人でふぐのコースを頼むと、「全員がコースだと量が多すぎるから、煮凝り、焼ふぐ、から揚げ、鍋は2人前、刺身は3人前がちょうどいいわよ」と親切に予算を下方修正してくれます。

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しかし最近の常連は、いや、あまりにも有名になってしまい、今や一見ですら、から揚げまではふぐを楽しみますが、鍋はふぐちりではなく、蟹大根鍋を頼むようになりました。

バターの入った白味噌ベースのスープに、輪切りにした大根がまるまる一本と、生から茹でた毛蟹一杯が入った豪快な鍋で、バターの甘味に鷹の爪の辛味が絶妙な隠し味になっています。

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蟹みそが流れだし、渾然一体となったスープのうまさは、想像していただければわかるでしょう。ぐつぐつ煮込んだあとの半分出汁がらとなった蟹の身は適当なところであきらめて、スープを中まで吸って半透明になった大根を味わうのがこの鍋の肝です。

中身を平らげたら「雑炊にしますか、ラーメンにしますか」と聞かれますが、まずはラーメンをチョイスするのが王道。考えてみてください。このスープは蟹と味噌とバターが主成分。豪華な味噌ラーメンを食べているようなものなのです。

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しかし、ほとんどの常連は、ラーメンだけでなく、残ったスープで雑炊も頼みます。数年前から、雑炊と一緒に、たっぷりイクラの入った丼が登場するようになりました。それを雑炊の上に乗せて一気に掻き込むのが、最近の締め技というわけです。

あまりにも有名になり、シーズン中の予約はなかなか取れないのですが、大勢で行こうとは思わず、ふたりでカウンターを狙えば、空いていることはあるようです。しかもカウンターは厨房の仕事が覗けて、まさにシェフズテーブルです。

ただし問題は、蟹大根鍋はひと鍋で4人分はたっぷりとあること。その永遠の矛盾をどう解決するかが、難しいところです。まあ、私も若い時分は、ふたりでひと鍋を平らげたことがありましたが。

 

「ふぐ 牧野」
住所:東京都台東区松が谷3-8-1
電話:03-3844-6659
営業:17:00〜22:00
定休日:ふぐの季節は無休(3〜10月は木曜、7月下旬〜9月上旬は休み)
予算:1万5000円程度

 

《プロフィール》

広川道助

学者の家系に育つ。西欧で一時期を過ごし、早い時期から食の世界を志す。20代はフレンチに凝ったが、その後、日本料理の深遠さに目覚め、ここ数年は和食全般を系統だてて食することにこだわる。伝統芸能や茶道も齧るが、これまたあまりに深いので、いまだ入口あたりをちょろちょろ。昨年、若いころに通いながら、最近ご無沙汰だった料理店の主人が相次いで亡くなったのが後悔してもしきれなかったので、今年は円熟の料理人を訪ね歩き、しっかり頭に刻んでおこうと考えている。

 

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