銀座 未能一:「食の王道」vol.27 広川道助

2016.05.19

何気ない料理にいぶし銀のうまさを忍ばせる
割烹「未能一」で銀座の粋を知る

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なんとも不思議な名前の店だと思い、初めて訪れたときに、その由来をうかがったところ、店主の巽保次さんは恥ずかしそうに、こう答えたのを憶えています。

「未だイチにも満たないという意味です。私の技術もまだまだですし、この世界はいつまでも精進だと思っているので」

その名の通りというべきか、巽さんの性格に負うのか、銀座の雑居ビルの5階にひっそりと佇んでいます。入口で靴を脱いで中に入ると、カウンター5席とテーブルふたつの小さな割烹ですが、実は銀座を遊び倒した旦那衆が通う店なのです。

巽さんは名だたる割烹で修業し、バブルのころに銀座に割烹を開店。その後、郷里の小田原に戻りましたが、銀座の水が忘れられず、十年前に戻ってきました。かつての銀座時代は職人を何人も使った高級な店でしたが、いまは夫婦ふたりで営んでいます。

高級食材目白押しという料理ではありません。「若いころから教わってきた料理をお出ししているだけです」と話す巽さんですが、食べてみると、昔の料理はこんなに手が込んでいたのかと驚かされます。

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たとえば、前菜の定番の「蒟蒻の酒盗卵和え」。見た目は地味ですが、口にすると蒟蒻の水分が酒盗と卵の旨みに置き換えられ、酒に見事に合う秀逸な肴です。蒟蒻を数時間ものあいだ乾煎りし、そこに味を含ませるから、蒟蒻と一体化した味になるわけです。

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「いわしの山椒煮」も、焼いたいわしを一度干してから煮含めるという手間のかけよう。でも、「昔はそんな風に手間をかけることは当たり前でしたから」と巽さんは笑います。

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鯛が旨い時期になると、常連たちが待ちわびるのが「鯛の塩煮」です。鯛の頭を文字通り、水と塩だけで煮たもの。

プロであっても、酒や昆布などをつい使いたくなってしまいますが、巽さんに言わせると、いい鯛であれば水と塩だけで旨みが広がるとのこと。なるほど鯛の芳醇な味わいが感じられます。

酒は福島県二本松の「純米酒 千切成」一種類のみ。「うまい日本酒はいくらでもありますが、うますぎると料理の味を消してしまいますから、これくらいがちょうどいいんです」と話すように、料理の邪魔をせず、いくらでも飲めます。

「最初に始めたころは、ホステスさんを連れていらして、自分は鯛の目玉だけ食べて『あとは任せた』なんていう豪快なお客さんもいましたね。いまは地味に夫婦ふたりで暮らしていければいいんですが」と謙遜されますが、当時の客がいまも通っていることからも、この店の実力がわかるというものです。

豪華な食材を使い、予約が困難な店こそが銀座の真髄だと思っているようじゃ、まだまだ子供。本当の「銀座の粋」は、何気ない料理にいぶし銀のうまさを忍ばせる「未能一」のような店なんじゃないでしょうか。

しかも、それでいて「未だ一に能わず」というんですから。

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「未能一」
住所:東京都中央区銀座8-7-19 すずりゅうビル 5F
電話:03-3289-3011
営業:12:00〜15:00/17:00〜22:30
定休日:日曜

《プロフィール》

広川道助

学者の家系に育つ。西欧で一時期を過ごし、早い時期から食の世界を志す。20代はフレンチに凝ったが、その後、日本料理の深遠さに目覚め、ここ数年は和食全般を系統だてて食することにこだわる。伝統芸能や茶道も齧るが、これまたあまりに深いので、いまだ入口あたりをちょろちょろ。昨年、若いころに通いながら、最近ご無沙汰だった料理店の主人が相次いで亡くなったのが後悔してもしきれなかったので、今年は円熟の料理人を訪ね歩き、しっかり頭に刻んでおこうと考えている。

 

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