羽根屋 純米吟醸プリズム Green Label 究極しぼりたて:「気になる日本酒」 vol.30 あおい有紀

2016.05.31

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苦難と模索のすえ、IWCでメダルを受賞した至極の一本

大正15年創業の、富山県富山市にある富美菊酒造。「富美菊」という銘柄で、長年地元で親しまれてきましたが、日本酒の可能性への挑戦として、2003年より屋号である「羽根屋」を特定名称酒のみのブランドとして立ち上げました。

第4代の羽根敬喜社長は、千葉大学卒業後、協和発酵で3年間勤めたあと翌年蔵に戻ります。当時、8歳年上の兄がすでに蔵におり、兄弟で酒造りや営業など分担していましたが、十数年前に四十代の若さで突如病気で他界。「羽根屋」ブランドを立ち上げたばかりで、酒造りと営業まわりとで忙殺される日々の最中の出来事でした。羽根社長は、志半ばで倒れた兄の遺志を引き継ぎ、蔵を継承していくため、蔵を継ぐ覚悟をそのとき決意したといいます。

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以前、「富美菊」ブランドで地元流通していた頃は、ピーク時で6000石を製造、いわゆる大量生産の典型で、品質は二の次となっていました。しかし日本酒の消費が時代とともに激減していくなか、羽根社長が着目したのは、全国新酒鑑評会などのコンテストに出品する、「大吟醸」。少量しか造っていませんでしたが、その味わいは富美菊のラインナップの中で飛びぬけてよい品質でした。

「自分たちには、この技術がある。日本酒の美味しさをもっと沢山の方に知っていただくためには、普段飲むスタンダードな市販酒こそ、美味しいものを造り送りだすべきではないか」と、羽根敬喜社長。

そこから、全ての酒を「大吟醸と同じ手間をかける蔵」としてのポリシーが出来上がりました。しかし、当時の杜氏にすべて大吟醸と同じだけの手間をかけて造ってほしいと依頼しても、とてもそんな手間をかけてなどいられない、と拒否され、自分たちの理想の酒を追及するためには、自分自身が杜氏となり指揮をとって造るしかないと、大きな決断をしました。

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