グルメ

【東京 銀座】鮨青木:「食の王道」vol.38 広川道助

2016.08.04

20代で独立し、若手から慕われる
「銀座 鮨青木」50代の新しい挑戦

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いまでこそ30代の若手寿司職人がどんどん独立、なかには20代で一国一城の主になる人もいますが、飲食の歴史を紐解けば、そんな風潮はほんの10数年前からのことでしょう。

十代で修業に入っても、最初の数年間は掃除や下働きだけ。親方に認められて、ようやく魚に触らせてもらえた時代では、30代で握るなんてとんでもない話でした。

そうした若手の活躍の先鞭をつけたのは「銀座 鮨青木」の二代目、青木利勝さんだったと思います。

青木利勝さんの場合は、麹町で開業していたお父さんの義さんが、念願の銀座進出を果たしてすぐに亡くなられ、京橋「与志乃」で修業した29歳の利勝さんが急遽、継がなくてはならないという特殊事情がありました。

当初はお母さん、お姉さん、弟さんと家族総出でサービスをされていて、銀座とは思えないハートウォーミングな店でした。義さんの時代からの常連に支えられ、利勝さんの店は年々繁盛。それを見届けたお姉さん、弟さんはフレンチの道を歩み、いまはフランスで店をやっています。

ひとりで寿司職人の道を切り開いた利勝さんは、その面倒見の良さでたくさんの若手から兄貴分として慕われ、弟子も数多く独立しました。横浜の「鮨 はま田」、銀座の「鮨 鈴木」もそうです。

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その利勝さんのところへ、京都「菊乃井本店」での7年間の修業を終えて入ったのがデレク・ウィルコクスさんでした。

2年間にわたる青木での修業も終わり、ニューヨークで日本料理店を開こうと考えている彼に、このたび師匠である利勝さんがコラボディナーを提案し、「銀座 鮨青木 西麻布店」で贅沢なコラボレーション、「第一回 Project Blue Tree 鮨と和食のコラボレーション」が開かれたのです。

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デレクさんは料理学校のハーバードといわれる「CIA」の出身だけに、日本料理や寿司の技術だけではなく、精神もしっかりと学び、それが料理に見事に出ています。

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