「陸奥八仙大吟醸」:「気になる日本酒」vol.39 あおい有紀

2016.08.31

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©sono(bean)

世界でも認められた陸奥八仙、急成長の裏に兄弟二人三脚の力あり

青森県の八戸漁港は、イカの漁獲高が日本一。その漁港のすぐ傍に、1軒の酒蔵があります。青森県の代表的な人気銘柄の一つ、陸奥八仙を醸す八戸酒造。新井田川沿いに建つ立派な趣あるレンガ造りの建物は、大正年間に建てられたもので、2010年には有形文化財に登録されました。川にはイカ釣り漁船や屋形船が停泊し、毎週日曜は朝市が開かれるなど、のどかな光景が広がり観光客も多く訪れる地域です。

rd850_2rd850_3安永4年(1775年)創業。ルーツを辿ると、創業者である初代駒井庄三郎氏はもともと近江商人で、剣吉で糀屋から酒造業を営むようになり、3代目から江戸末期に八戸に移住、そして大正時代、5代目の時に現在の場所に蔵を建てました。

rd850_4 rd850_5昭和になり、戦時中の国策での企業統合で、合同会社の1工場として長年「陸奥男山」を製造していましたが、1997年に現8代当主の駒井庄三郎氏が合同会社を分離独立。自社蔵が使えないため、別の蔵を借りて翌年八戸酒造㈱を創立し、「陸奥八仙」を立ち上げると同時に、自社蔵の明け渡しと「陸奥男山」の商標使用差し止め裁判を起こします。2008年に全面勝訴し、2009年より再び自社蔵で酒造りを開始しました。

1997年の創立当時、生産量は約800石で、特定名称酒と普通酒の割合は半々、地元への出荷で9割を超えていました。追い打ちをかけるように焼酎ブーム全盛期に入り、非常に厳しい経営状況のなか、2003年に長男である駒井秀介専務(現在37歳)が蔵に戻り、営業を担当することに。その年の仕込みから「陸奥八仙」のリニューアルを図り、酒質・ラベル・流通などを徐々に変えていきました。

「父の大変な苦労をみてきたので、少しでも早く力になれればと思っていました」と駒井専務。2009年からは、次男の駒井伸介氏(33)が酒造りに携わり、2013年からは杜氏を任されています。

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右が長男の駒井秀介専務、左が次男の駒井伸介杜氏

長男は営業、次男は酒造りとしっかり役割分担されていますが、「これまでも様々な苦労を乗り越えながら体制を整えてきました。お互いになくてはならない存在ですね。一つのチームですから、製造・営業の両輪がしっかりまわってこそ、良いお酒を造り、お客様にお伝えできると思っています。意見がぶつかることもありますが、その時は丸くおさめています(笑)」と駒井専務。

rd850_7互いに尊重し合いながら、二人三脚で酒蔵を成長に導き、現在6名の蔵人とともに、酒造りでも様々なチャレンジを続けています。生産量は約1800石まで伸び、地元出荷が4割、県外出荷が6割、特定名称酒の割合は95%となりました。駒井専務は、“若手の夜明け”という若手日本酒蔵元が集まる試飲イベントをはじめ、全国で開催される日本酒イベントにも積極的に参加するなど、消費者と蔵人との距離が近くなればとの想いで、陸奥八仙の顔として活動しています。

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