紀土 無量山(むりょうざん)純米大吟醸:日本酒キュレーター あおい有紀

2016.12.13

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未来につなぐ「ものづくり」、チャレンジし続ける平和酒造

これからの日本酒業界を牽引していく、次世代の蔵元と聞かれて必ず名前が挙がるお一人が、1928年(昭和3年)、和歌山県海南市に創業した平和酒造の第4代、山本典正専務(38)。幼い頃から蔵を継ぐことを意識しながらも、京都大学経済学部を卒業後、人材系のベンチャー企業に就職。将来蔵に戻った時、いかに蔵人達といいチームを作っていけばよいかを学びたい、という目的もありました。

rd85024年ほど働いたあと、26歳で蔵に戻りますが、当時生産量のうち99.9%がパック酒だったといいます。山本専務は、「これで一生勝負はできない。ものづくりをやって楽しいと思えるような、喜びを感じられるような日本酒を造りたい。」という想いから、「紀土(きっど)」という銘柄を新たに立ち上げました。「紀州の風土」を伝えたい、そして蔵人とともに成長していきたいと、「KID(子ども)」という想いが込められています。

とはいえ、理想の日本酒を造るには、様々な改革が必要でした。和歌山特有の湿度の高い気候が影響し、蔵の天井や壁はカビで一面灰色の状態。お酒の味わいにも、もろに影響することから、まず環境から改善。床には抗菌効果の高いペンキを塗り、今も毎年夏には蔵人全員で柱や壁などのホコリを取って、抗菌や湿度調整の効果があると言われている柿渋を塗り直したりと、衛生面に力を入れています。

rd8503また、蔵を継いだ時、山本専務はいい酒を造りたいとがむしゃらに突き進もうとしましたが、蔵人達が環境の急変についていけず、一週間で4名の蔵人が辞めたいと言ってきたことも。酒造りへのスタンスに大きなギャップがあり、周囲からNOを突きつけられたような感覚で辛かったと同時に、多くを学んだといいます。

今では800石の生産量で、蔵人は10名ですが、和歌山出身者はほとんどおらず、東京や九州など、全国から紀土の日本酒に魅力を感じ、平和酒造で酒造りをしたいと志高く若手の蔵人が集まり、活気ある現場となっています。その陣頭指揮をとっているのが、柴田栄道杜氏(42)。杜氏として9年目の造りとなりますが、山本専務にとって、柴田杜氏はまさに良きパートナー。

rd8504写真(上)/ 手前が柴田杜氏

「柴田杜氏の存在は、単なる醸造責任者ではありません。彼はどちらかというと寡黙で、酒造りのことを伝えるというよりかは、初め『俺の背中を見て覚えろ』という雰囲気が強かったんです。でも、平和酒造が目指すのは蔵人1人1人が酒造りを知って取り組み、楽しめる酒蔵。トップダウンで作業をするのではなく、皆が杜氏になれるくらい酒造りに携われる環境を造りたいと思っていました。
僕の想いを伝えたとき、最初は柴田杜氏も戸惑っていましたが、今では酒蔵を育てるということを意識してくれていて、どうすれば酒や蔵が良くなるかを蔵人と話し合っている姿をよく見ますね」

平和酒造では、「責任仕込み」という取り組みがあり、若手の蔵人1人1人が洗米から搾りまでタンク1本分を責任を持って仕込むことで、自身で酒造りの技術を磨こうと努力する姿勢が身につき、モチベーションも上がるといいます。

基本的には各個人に任せつつも、柴田杜氏はその背中をしっかり見守り、蔵人を育てています。山本専務も造りのシーズンには蔵に入りますが、基本的には柴田杜氏に任せているとのこと。互いの意思疎通が上手くいっているからこその信頼関係が、イメージ通りの紀土の味わいに繋がっていくわけですね。

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紀州の梅を使った高品質の自社ブランド梅酒、「鶴梅」が大ヒットしたところから、品質のよい、美味しい日本酒を造れば必ず消費者は受け入れてくれるという信念のもと、山本専務は柴田杜氏と共に試行錯誤を続け、今では全国新酒鑑評会で金賞を受賞するほどに紀土は成長しました。

「紀土で大切にしているのは“優しさ”。私たちの蔵はとても優しくきれいな高野山の伏流水に恵まれた地。その水のもつ柔らかさと優しさを表現することで、和歌山の風土を伝えていければと思っています。また酒蔵の使命として、日本酒の魅力や楽しさを伝えていきたいという想いから、口あたり良く、きれいな味わいに造ることで飲みやすさも大事にしています」と山本専務。

原料となる米は、主に兵庫・岡山県産の山田錦と、富山県産の五百万石。和歌山県産の米は全生産量の20%ほどですが、8年前から自社田で蔵人自ら栽培している山田錦と、和歌山の契約農家達が育てた酒米で造った「あがら」(和歌山弁で「私たちの」)シリーズの日本酒もリリースしています。

今回ご紹介するお酒は、「紀土 無量山(むりょうざん)純米大吟醸」。実は、酒造りを始めるまで山本家は、無量山超願寺というお寺でした。その山号である無量山の名前を冠しているだけに、紀土の最高峰シリーズと謳っていますが、単に伝統の継承や懐古主義を表している訳ではありません。

「35%まで磨きあげた最高水準の兵庫県産特A地区 山田錦を扱うことの緊張感。米の蒸しあがりや麹の状態、醪の経過、そして紀土の原点である、和歌山の清らかで滑らかな水…。すみずみまで自分達の想いが届くように丁寧に、慎重に醸しています。誕生以来、想像できないぐらいの人たちが携わり受け継いできた日本酒という文化。

そうした大きな歴史の流れの中にいる今を生きている私達。ただ伝統を継承し守るのではなく、変化することを恐れず、さらに発展させより良いものを未来へと繋いでいく決意を『無量山』には込めています」と山本専務。

袋吊りで搾った一滴に熱い想いのこもった無量山、心して頂きました。まずはリンゴやメロンのようなフルーティーさが華やかに感じられ、非常に口当たりが柔らかく、シルクのような滑らかさ。

上品で研ぎ澄まされた米の甘味のボリュームが、円を描くように膨らんでいきます。余韻も優しい味わいが続き、心して頂く、と言いながらも懐の深い優しさに包み込まれ、緊張感がするすると解きほぐれていく感覚。ゆっくり時間をかけて味わいたい一本ですね。12月1日より600本ほどの限定発売。

ぜひ手にとってみてください。

 

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