田中六五:日本酒キュレーター あおい有紀

2017.01.17

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山田錦の田んぼに囲まれた福岡県の酒蔵が造る、注目の純米酒

九州というと、焼酎というイメージが強い方も多いかと思いますが、実は日本酒の酒蔵も多く、福岡だけでも61蔵あるんです。その中でもこのところ注目されている酒蔵の一つが、福岡県糸島市に1855年(安政2年)創業の白糸酒造。

rd850_2「白糸」などの銘柄で酒造りをしてきましたが、8代となる田中克典専務(32)が蔵に戻ってきた後、「田中六五」(たなかろくじゅうご)というブランドが新たに立ち上がりました。今回は、そのストーリーを追ってみたいと思います。

rd850_3田中克典専務は、2007年に東京農業大学醸造科学科を卒業後、東広島にある独立行政法人 酒類総合研究所を経て、佐賀県にある五町田酒造で酒造りを学び、2009年夏 蔵に戻りました。高校時代までは、蔵を継ぐという意識は特にありませんでしたが、東京農大で同じ立場の同級生達との交流を通じ、少しずつ気持ちに変化が出てきます。

一番の転機は、東一を醸す五町田酒造の勝木慶一郎製造部長(当時)との出会いでした。酒類総合研究所を出たあとの進路を迷っていた時に、父親でもある田中信彦社長と懇意にしている勝木氏から声をかけられ、修行することに。そこで酒造りへの自我が芽生え、早く自分で酒を造りたいという想いから、1年の経験を経て蔵に戻ります。

勝木氏のもと、色々勉強をしたつもりでしたが、実際やろうとすると分からないことばかり。勝木氏とほぼ毎日電話をして、指導を受けながら酒造りを進めます。

「会話の中には、何言ってるんだろう、この親父はと思う事が沢山ありましたが、1年、2年と年が経つにつれて、勝木先生が言っていたようなことになってくるんです。本当に手のひらで転がされていると気づいた時には、もう衝撃でした。あーそう言うことだったんだと(笑)そこから勝木先生の凄さを改めて感じました。ドンと構えて優しい、大好きな先生ですね。勝木先生の存在は、まさに僕の酒造りの全てです」と田中専務。

「勝木氏がいなければ酒造りを本気でやってなかったかもしれない」というほどに尊敬する師匠として、今も折を見ては勝木氏を訪ねています。ちなみに、蔵元では珍しい金髪に驚かれる方も多いですが、本人曰く「特に髪型にこだわりがあるわけではないのですが、随分黒髪にしていないので怖くて戻れないだけですね(笑)」とのこと。そのちょっとやんちゃなキャラクターと酒造りへの熱い想いとのギャップに、彼の造る日本酒により興味を持つ人も少なくありません。

 

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