「食の王道」vol.80

【静岡県静岡市】成生:グルメキュレーター 広川道助

2017.05.25

静岡天ぷらの盟主をたずね、
驚きの体験の連続を味わう

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静岡は遠いところだと勝手に思い込んでいました。だから最近「静岡天ぷら」という新しい流派が誕生し、その盟主のような店がとても美味しいとあちらこちらで聞くようになっても、なかなか腰が動きませんでした。ところが、行ってみると新幹線で1時間あまり。余裕で日帰りが出来る場所だったのです。

目指す天ぷら屋は「板前天ぷら 成生」です。本来天ぷらは、東京湾の小魚を揚げるもので野菜すら邪道といわれた時期がありましたが、こちらは駿河湾でとれる魚や静岡の地野菜を使うのが特徴。以前、本欄で取り上げた人形町「蕎の字」も静岡の食材を使った天ぷらで、よく二大派閥のようにいわれます。

店主は大学卒業後、オーストラリアに留学し、シドニーの日本料理店に勤務。その後、焼津の日本料理店で修行したときに天婦羅の魅力にはまったそうですが、ほぼ独学です。もっとも、昨今評判がいい天ぷら屋は、専門店出身ではないほうが多い。老舗で修行するとどうしても、前例に倣い、殻を打ち破れないからでしょうか。

できるだけ事前情報を入れずに店主と向かい合いましたが、客が揃い、スタートの時間になっても店主は揚げはじめません。泥のついたままの野菜や、丸ごとの魚をコツコツとさばいているだけです。通常、天ぷら屋はすでに下準備をしてから開店するものですから、ここからして新鮮な驚きです。

下ごしらえができると、最初に太刀魚が出されました。私の頭には、天ぷらは海老から食べるものという情報がインプットされていたからでしょう。思わず「へえーっ」という声が漏れました。しかも太刀魚は切身、天ぷらは小魚を揚げるものという常識も覆されたのです。

それからは目からウロコの連続です。

地物の太い牛蒡を高温の鍋と低温の鍋を交互に使い、じっくりと時間をかけて揚げてから、店主はまな板の上に放っておきます。

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「天ぷらは親の仇だと思って(揚げたそばから)喰え」という池波正太郎の文句を金科玉条のようにして育った世代からは考えられない料理です。

ところが余熱で火が通るからか、ある程度時間の経ったごぼうは甘くて、ホクホクとした感じが半端ないのです。

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天然の車海老もしばらくしてから供されましたが、頭とは別に海老味噌だけが揚げられ、これがまた酒のアテに抜群でした。

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甘鯛は、うろこをパリッと立たせるように揚げる、松笠揚げで。甘鯛という食材自体、天ぷら屋で食べることはあまりなく、松笠揚げも割烹でしか食べた記憶はありませんが、これまた甘みの頂点のところまで火が通り、うろこのパリッとした味とのコントラストが絶妙です。

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江戸前天ぷらの華であるメゴチも出されましたが、これが最近では見たことがないほどの大きさで、メゴチの旨さを再認識しました。もちろん、これも駿河湾のものです。

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この季節ならではの桜海老はバラ揚げ、そして30分以上低温で揚げた唯一静岡のものではない安納芋を手渡しでいただくと、土鍋ごはんのかき揚げ丼で大団円です。終了まで3時間近かったはずですが、あっという間の時間でした。

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こんなに新しい体験を一度に味わえるなんて滅多にありません。なるほど、東京や大阪からわざわざ静岡まで天ぷらを食べにいくわけです。次回の成生、いつにしようかと楽しみながら帰路につきました。

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「板前天ぷら 成生」
住所/静岡県静岡市葵区鷹匠2-5-12
電話/054-273-0703

《プロフィール》
広川道助
学者の家系に育つ。西欧で一時期を過ごし、早い時期から食の世界を志す。20代はフレンチに凝ったが、その後、日本料理の深遠さに目覚め、ここ数年は和食全般を系統だてて食することにこだわる。伝統芸能や茶道も齧るが、これまたあまりに深いので、いまだ入口あたりをちょろちょろ。昨年、若いころに通いながら、最近ご無沙汰だった料理店の主人が相次いで亡くなったのが後悔してもしきれなかったので、今年は円熟の料理人を訪ね歩き、しっかり頭に刻んでおこうと考えている。

【広川道助の〈食の王道〉】一覧記事はこちら
http://www.premium-j.jp/dousuke-hirokawa/

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