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連載:あおい有紀の〈気になる日本酒〉 vol.09 「達磨正宗 未来へ」

2015.12.04

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熟成による奥深い魅力に惹かれ、古酒をメインにした造りを決意

日本酒の熟成酒・古酒。このところ日本酒の味わいにも幅広い個性が求められるようになり、国内外でその可能性を見出す動きが出てきています。

戦後歴史の浅い古酒の世界を牽引し、その魅力を伝えている蔵元の一つが、創業天保六年(1835年)創業の、白木恒助商店。岐阜市北端部で180年にわたり酒を造り続けてきました。

現在、六代当主の白木善次氏(77)は、40年ほど前に大手酒造メーカーがCM広告を打つなどし、全国に参入し始めるなか、独自化を目指さなければ生き残れないとの危機感から、古酒造りをメインにした酒蔵へと方向転換しました。独自化=なぜ古酒なのか? それは、当時たまたま蔵の中で忘れられていた一升瓶が5本ほどあり、それを開封してみると美しい黄金色に変化し、その上まろやかで何とも言えないよい味わいに、白木善次氏は衝撃を受けました。日本酒を熟成させることへの魅力を感じ、また時を同じくして、「人の血を絞れるごとき酒」という鎌倉時代の古酒の文献があることを知り、日本酒の古酒が歴史あるものだとの確信から、より一層古酒に取り組む後押しとなりました。

歴史を遡ると、日本酒の古酒が一時途絶えた時代背景がありました。酒税が国を支えた明治時代、酒を搾った瞬間に課税される造石税の制度があり、酒蔵の存続を考えると長期間熟成古酒を貯蔵せず、造ればすぐ販売せざるを得ない状況が続きました。昭和19年に造石税が廃止され、出荷の際に酒税が課せられるようになり、日本酒の長期熟成が再び可能となったのです。

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当時まだ珍しい古酒を広める活動を行っていた六代当主の白木善次氏。

とはいえ、いまから40年ほど前、古酒をメインに造る酒蔵はなく、現在後を継いでいる次女で代表社員の白木滋里さん(47)は子供の頃、「ね~お父さん、うちの蔵だいじょうぶ?」とよく聞いていたのだそう。1000石の酒蔵が年間1万リットルを貯蔵し、営業に行ってもなかなか古酒の魅力を認められず、苦労されている父の様子を見て育った滋里さん。しかし、すでに大学4年生の時には、酒蔵を継ぐ決心をしていました。「姉は長男と結婚するといいますし、妹は全然その気なしで。後を継ごうと思った一番の理由は、やっぱりお酒が大好きだからです。小さいころからホントに大人が羨ましかったですし、早く飲みたいと思ってました(笑)」現在は、旦那様の寿さんが杜氏として指揮をとりながら、滋里さん、そして5名の女性従業員とともに、達磨正宗ブランドを守っています。

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家事、子育てをしながらの酒造り。現在大学生、高校生の二人の息子さんがおられますが、「小さい時は、早朝、おっぱいを飲んでいる息子を引き離して、泣く子を母に預けて麹室に行ったりと辛い時もありました。でも今は家族も色々手伝ってくれますし、明るく楽しく、造りに携わっています」と滋里さん。他の女性蔵元との交流、情報交換を通じて互いに励まし合い、パワフルに活動されています。

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夢が詰まっている古酒、「達磨正宗 未来へ」

3年、5年、10年、20年…達磨正宗として様々な年数を経た古酒を造っていますが、試行錯誤の末、低精米で米の旨味を酒に溶けこませる方が、より個性的で複雑な味わいの古酒に育つ、という六代当主・白木善次氏の考えを踏襲しています。特に濃熟タイプの古酒の場合、熟成して味わいがだんだんと深くなっていっても、その味わいがダレないような「酸」を持つことが大切。熟成に耐えうるよう、酸と甘さをしっかり増すために造りも工夫をしています。長良川の支流の武芸川、この伏流水を仕込み水と使ってますが、弱軟水で柔らかく優しい水で造られたお酒は、土蔵の中で、1年を通じ4度~26度くらいの常温で熟成されます。時を経るごとに、まるでシェリー酒のような琥珀色を帯びた、上品な甘さ、カラメルやナッツの香りで、とろけるような滑らかな舌触り、甘味と旨味のボリュームを感じるように。自分の生まれた年や、結婚した年など、その年に造られたお酒をそれぞれの思い出と絡めて飲む方が、この3年ほどで非常に増えているとのことです。

そのなかでも、特に贈答用として人気の銘柄が「達磨正宗 未来へ」。結婚や出産、誕生日など、人生の転機や記念となる年のビンテージを、ご自宅で、自分の手で熟成させる、というもの。直射日光の当たらない場所であれば、常温保存で問題ありません。中栓のコルクは熟成に必要な空気を閉じ込めるよう工夫を凝らし、特許も取得。

「新酒の時に飲んでも美味しいですが、できれば5年以上熟成させることで、古酒ならではの深みある味わいを感じていただけると思います。」

人と同じように命を持った日本酒。一緒に時を刻み、10年後、20年後、記念日や成人になった日に封をあけ乾杯、というのも、夢のある話ではないでしょうか。

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海外でも注目されている熟成酒・古酒の多様性

白木善次氏が14年前にフランスのモンラッシェを訪れた時のこと、当時のロマネ・コンティ オーベルドヴィレーヌ社長が達磨正宗の1979年ビンテージを飲み、おかわりをするほどの高評価を受け、世界にも通用する酒だと白木氏は実感しました。現在は、アメリカ・イギリス・ドイツ・イタリア・香港・シンガポールに輸出されていますが、一番出ているのはイギリスです。ヨーロッパの方が「熟成」したお酒に慣れているので、違和感なく受け入れられているよう。「なぜ、白いお米が琥珀色や茶色になるの?」と大抵の方が不思議がりますが、アミノ酸と糖分の反応だと説明すると、納得されます。

アジアへの輸出も伸びていて、紹興酒に味わいが似ているとの意見や、達磨正宗の古酒は甘口なのでとても飲みやすいと、甘いモノ好きなシンガポール人に好評とのこと。一方、ロンドンではカクテルに使われることも多いのだとか。日本酒は繊細な味わいの物が多いですが、達磨正宗の古酒は味わいにもパンチがあり個性的なので、カクテルにも向いているのだそう。またNYでは、スフレやアイスクリームと一緒にデザートとしてレストランで提供されており、古酒をかけて楽しむという自由さも。白木滋里さんご自身では、「古酒を飲むときには肉料理や、酢豚、餃子などの中華料理を合わせますし、スパイシーなインド料理には、少し甘めの古酒が合いますよ。寒い季節は、少し温めて飲むとホっとしますね。」とのこと。まだまだ新たな楽しみ方を開拓できそうな古酒、皆さんも自由な発想で頂いてみてはいかがでしょうか。

鎌倉時代から江戸時代まで、とても貴重なものとして大切に飲まれてきた古酒。今現在やっと復活しつつありますが、貴重な昭和46年からの古酒が蔵には沢山眠っています。「時間」が溶け込んだ、人の心に触れることのできる古酒を守り、次の世代に伝えていくことをミッションとして、白木恒助商店の挑戦はこれからも続きます。

 

取材・文/あおい有紀

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 あおい有紀

フリーアナウンサー・和酒コーディネーター

テレビ、ラジオなど各媒体で活躍する一方、日本の食や和酒の魅力発信を積極的に行い、大切さ、楽しみ方を伝えている。フィールドワークを信条とし、全国の酒蔵に200回以上足を運ぶ。酒蔵ツアーや日本文化×日本酒のコラボイベント、様々な国籍の料理×日本酒のマリアージュイベントなどの企画・主催をはじめ、各地での講演、セミナー講師多数。ル・コルドン・ブルー日本酒講師。観光庁「平成25年度 官民協働した魅力ある観光地の再建・強化事業」にて、目利き役。女性向け日本酒本「日本酒日和」(舵社)監修。日本酒造青年協議会「酒サムライ」叙任。 

【資格】きき酒師、焼酎きき酒師、WSET(International Higher Certificate in Wines and Spirits)、一級フードアナリスト、日本箸教育講師など

 

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