本郷 おでん 呑喜:「食の王道」vol.06 広川道助

2015.12.10

rd850_P1020003
山手の街並みを残す本郷のおでん「呑喜」で、ぬる燗とともに関東煮を味わう

本来、「山手」とは江戸城近辺と西にあたる高台の台地の麹町・芝・麻布・赤坂・四谷・牛込・本郷・小石川あたりを指す名称であって、単なる高級住宅地のことではありません。だから江戸時代は農村だった世田谷や目黒あたりを山手というには、厳密な意味では無理があるのですが、言葉の意味合いの変遷とともに、いまでは東急線沿線こそが山手だと信じている人も多いようです。

山手のなかでも本郷周辺は、東京大学があったおかげで第二次世界大戦でも空襲にあわず(米軍が空襲回避を指示したといわれています)、戦前の文化が比較的長く残りました。昭和40年代でも魚屋や酒屋の御用聞きが毎日、個人宅を訪れ、道を歩いていると豆腐屋がラッパを吹きながら屋台を引いていて、親に言われて子供がボウルを持って家から飛び出してきたものです。

rd850_P1010985
そんな本郷で明治20年に創業、130年近い伝統を持つのが、おでん屋「呑喜」です。本郷通りを挟んで東大農学部の向かい側。かつては一軒家で、豆腐屋と同じように近所の子供が鍋を持っておでんを買いにきましたが、40年ほど前にマンションの一階に入りました。しかし、呑喜の雰囲気は変わらないままです。

年季の入った木製の看板がかかった店構えから入口をくぐり、なかに入るとそのまま戦前にタイムスリップしたかのような雰囲気。奥のカウンターに大きな丸い鍋が鎮座し、たくさんのおでん種が浮かんでいます。

rd850_P1010992
4代目の主人はもう50年近いキャリアとか。最近のおでん屋はバラエティに富んだ種で、トマトや白子、餃子などもありますが、こちらは関東煮の伝統をしっかり守り、練り物が中心。ちくわぶもありませんし、大根が加わったのも戦後のことで、しかも甘みが出る11月から3月くらいまでしか、扱いません。出汁はかなり黒い色をしていますが、鰹節主体のすっきりとした味で、飲んでも塩辛くないのが特徴です。

rd850_P1010987
ビールをまず一杯飲むと、おでんをおまかせで頼む客も多いようですが、せっかくなら、好きなものを選びましょう。ぶっきらぼうそうな主人ですが、話しかけると柔和な表情で説明してくれます。まずは、油揚げで野菜を巻いた「しのだまき」と、オリジナルの牛肉としらたきの入った「ふくろ」でおなかを落ち着かせます。このあたりで「ぬる燗」に変えると、主人は鍋のとなりに置かれた銅製の燗つけ器にとっくりを入れてくれます。

rd850_P1010988 rd850_P1010999 rd850_P1010993
「いいだこ」や「銀杏」など、長くつけすぎないほうがいいものはケースに入っていて、注文すると鍋でほどよい温度まで温めてくれます。「がんもどき」と「卵」まで来て、最後にどうしようかと思案。醤油と酒で炊いた「茶飯」も絶品なのですが、せっかくなら季節が始まったばかりの「大根」でフィナーレ。お楽しみは、次回に取っておくことにします。

rd850_P1020002
ほろ酔い気分で店を出たら、戦前の建物がまだ残っている西片町を散歩しながら帰りましょう。これもまた、本郷に来た楽しみのひとつです。

 

おでん屋「呑喜」
住所: 〒113-0023 東京都文京区向丘1丁目20-6
電話:03-3811-4736
営業:日曜休
料金:2000〜3000円程度

 

文・撮影/広川道助

 

《プロフィール》

広川道助

学者の家系に育つ。西欧で一時期を過ごし、早い時期から食の世界を志す。20代はフレンチに凝ったが、その後、日本料理の深遠さに目覚め、近年は和食全般を系統だてて食することが一番の楽しみ。

 

【広川道助の〈食の王道〉】一覧記事はこちら
http://www.premium-j.jp/dousuke-hirokawa/