幡ヶ谷 諸菜 匠:「食の王道」vol.07 広川道助

2015.12.17

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古い駅ビル地下のアーケード街に潜む、恐るべき味わいの「鴨のお狩場焼き」

「ここの鴨は絶対うまいから」と食いしん坊の友人に誘われたのが最初の出会いでしたが、店の前に立った時は半信半疑でした。なにせ古い駅ビル地下のアーケード街にあり、大衆割烹のような店構えだったからです。

しかし、壁に貼られていた店主のプロフィールを読んで納得しました。主人の工藤公士さんは26年前に開店するまで、飯倉にあった野鳥料理料亭「あか羽」で料理長を務めていたと知ったからです。野鳥の扱いのプロが焼く鴨料理、しかも今では東京では二軒しか持っていない、すずりのような形をした砂鉄製の「鷹匠鍋」で焼くお狩場焼きが、「諸菜 匠」では食べられるのです。

江戸時代、マタギたちはこの鷹匠鍋を腰にぶら下げ、鴨を獲ると山中で焼いて食べたといわれます。砂鉄は熱伝導率が低いため、いったん熱せられるとムラなく高温を維持でき、肉を焼くには最高の料理道具。しかし、刀鍛冶しか砂鉄を扱えないため、新たに作ることはきわめて困難なのです。

実は、もう一軒は浅草にあります。が、そちらは紹介制で、冬場の予約は困難を極め、店は座敷の個室だけ。「お狩場焼きは食べたいけれど、あの店はハードルが高すぎるなあ」と悩んでいたところに紹介されたのが、ここだったのです。工藤さんは天然にこだわり、冷凍は一切使わないため、鴨猟が解禁になる11月中旬から3月までしか食べられませんが、事前に予約をしさえすれば、家庭的な雰囲気でお狩場焼きを楽しめるわけです。

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岩手や宮城、新潟から届く天然の真鴨を自身で丁寧に捌くからこそ出せる内臓の煮物や湯引きの前菜、そして鴨出汁の椀を食べると、お待ちかねの野鴨焼きの始まりです。

工藤さんが用意した石川県珠洲の珪藻土で作られた切り出し七輪は熱伝導率が高く、馬目樫の備長炭は強い火力を生みます。このふたつがなければ、鷹匠鍋を素早く熱し、高温を維持させることは出来ません。

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焼くのは、赤紫色のねっとりとした鴨肉と長ネギ、ニラ、えのきだけ。七輪の上に鍋を載せ、鴨脂を敷くと、工藤さんは胸肉を焼き始めます。軽くあぶった程度の鴨肉は脂の程よい甘さと、鉄分を感じるしっかりした身の味。何度か肉を焼いて、脂が鍋に回ったら、野菜を焼きます。鴨の脂が移ったネギは甘さが引き立ち、ニラは香りが増します。

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入荷次第では、産地ごとの食べくらべや、平野の鴨、山間部の鴨と、エサによる旨味の違いを味わうことも出来ます。木の実しか食べていない山間地の鴨は鉄分の味が濃いのに対し、米を主食にしている平野の鴨は旨味が強く、鴨肉とは思えない味わいです。そんな贅沢が出来るのも、野鳥料理一筋の工藤さんが張り巡らせたネットワークの賜物でしょう。

鴨には赤ワインが抜群に合います。店にも数種類はありますが、持ち込み料は2000円です。好きなワインを片手に訪れることをおすすめします。

駅ビルの地下の何気ない料理屋で味わえる、恐るべき料理。このギャップこそ「諸菜 匠」の最大の魅力なのです。

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住所:東京都渋谷区幡ケ谷1丁目3-1 幡ヶ谷ゴールデンセンター地下一階
電話:03-3374-3751
営業:昼:午前11:30〜午後2:00
夜:午後5:00〜午後10:30
(冬場はランチなし 要確認)
料金:真鴨コース1万1000円
定休日:日曜

 

文・撮影/広川道助

 

《プロフィール》

広川道助

学者の家系に育つ。西欧で一時期を過ごし、早い時期から食の世界を志す。20代はフレンチに凝ったが、その後、日本料理の深遠さに目覚め、近年は和食全般を系統だてて食することが一番の楽しみ。

 

【広川道助の〈食の王道〉】一覧記事はこちら
http://www.premium-j.jp/dousuke-hirokawa/

 

 

 

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