今、波佐見焼の歴史をひもとく。ものはら「くらわんかコレクション」

2017.03.20

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江戸時代に一世を風靡した波佐見焼「くらわんか碗」とは

マルヒロがおくる波佐見焼ブランド「ものはら」。その第一弾が「くらわんか」コレクションです。

焼物の里には、登り窯のそばに、焼き損じの器をそのまま捨てる場所があります。それが「物原(ものはら)」です。捨てられた器の層によって、その時代の生活習慣や流行りの柄などがわかる産業遺産。「ものはら」は、その層を一つずつ掘り起こしていこうという試みのブランドです。

1702LIFE12_maruhiro2 copy-min江戸時代、殿様や武家で愛用された有田焼でも名高い佐賀藩の隣、長崎大村藩で、職人たちの創意工夫によって丈夫な器の量産化に成功し、庶民のための器として産声を上げたのが波佐見焼。そんな波佐見焼の里にある物原の一番上の層、1690~1860年代に特徴的なのが「くらわんか碗」でした。

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英語を知らずに描く日本人の英字が面白い「コンプラ瓶」を現代に

日常使いできる庶民の器として連綿と受け継がれてきた波佐見焼。「くらわんか碗」は、その歴史の一ページを担います。これは、淀川水運などで三十石船と呼ばれる大きな船が行き来していた頃、そこへ小舟でついていって「餅くらわんか」「蕎麦くらわんか」と商いをするのに使われていた波佐見焼の器を、「くらわんか碗」と呼んだもの。その後、北は北海道でも発掘されているほど全国各地に広まりました。

1702LIFE12_maruhiro4 copy-minくらわんか碗がたくさん作られていた時代、海外に輸出する醤油などを入れるために作られていたのが、栓のついたコンプラ瓶です。これもまた波佐見焼。コレクションでも、デキャンタや花瓶になる「コンプラボトル」として、新たに提案されています。

 

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