エリア特集~銀座編~“銀座が、銀座であり続ける”努力《前編》

2017.12.05
図1

2017年4月に開業し、銀座の新たなシンボルとなっているGINZA SIX

 街がどんな風に造られ、動いているのか。そんなことに思いを馳せることは、まずないかもしれません。実は銀座という街は、商店街や町会などがまとまって地域を運営している、日本の主要都市としては珍しいところなのです。
 では実際にどんな活動をされているのか。全銀座会・代表幹事で銀座通連合会理事長でもある谷澤信一さんにお話をうかがいました。

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全銀座会・代表幹事、銀座通連合会理事長 谷澤信一さん

 銀座には、商店街組織である「通り会」、自治体組織である「町会」、業種業態の組合や任意団体が数多くあり、それぞれに店舗や企業が加盟をしています。これらのうち34団体が参加する銀座地域全体の意思決定機関が、「全銀座会」。2001年に設立されました。谷澤さんは、2013年から、この全銀座会の代表幹事を務めていらっしゃいます。

 「以前は情報交換や報告を行う『銀座連絡会』がありましたが、これを発展させていく形で『全銀座会』を作りました。街をよりよくするために皆が考えを出し合い、行動するのは、実は銀座の伝統なのです」。
 例えば通り会のひとつである銀座通連合会は、その前身の「京新聯合會」が1919(大正8)年に発足。銀座通り沿道の店主たちが、道沿いに植えられた柳の撤去に反対するため結成しました。残念ながら反対運動は実りませんでしたが、銀座は早くから、働く人、住む人達が主体となって街を造っていこうという気概を持っていたことが分かります。
 「みなで街を運営する、と聞くと、ちょっと分かりにくいかもしれませんね。全銀座会では、具体的には環境安全や防犯、交通問題など、個々の店舗や企業の活動だけでは解決できない物事を協議することが多いです。これらはまた、行政の力も必要ですから、主に中央区や築地警察署、京橋消防署と連携して活動します」。

  全銀座会では、各組織の代表が集まる定例会を隔月で実施。谷澤さん含めた約13名の幹事による幹事会も、2ヶ月に1度行われています。

組織図

 谷澤さんご自身は、高級鞄を扱う「銀座タニザワ」の4代目。明治7年に創業し、明治23年から現在の場所に店を構える「タニザワ」だけに、当初から相当な銀座通なのかと思いきや……。
「いえいえ、実はそんなことはありませんでして(笑)。家業に入ったのは1982年ですが、その頃は店は銀座1丁目ですが事務所は京橋にありました。京橋に出社して、昼間は店との往復、最後にまた京橋へ戻り帰宅という毎日で、銀座には少し心の上での距離感がありました」。
  そんな谷澤さんが銀座を深く知るきっかけとなったのが、銀座ならではの自治組織への入会でした。
 「30歳を過ぎた頃、『銀実会』という銀座の商店・会社経営者のメンバーによる地元青年団体に入りました。1952(昭和27)年に設立された歴史の深い団体で、ここで得た知識や人とのつながりが、私の“銀座の基礎”になったのです」。

 

《後編に続く》

 

お話をうかがった人:谷澤信一さん(株式会社銀座タニザワ 代表取締役社長)

1955年生まれ。 学習院大学法学部卒業後、株式会社伊勢丹に入社。1982年、株式会社銀座タニザワ入社。1993年、株式会社銀座タニザワ代表取締役社長に就任、現在に至る。
また、1997年、銀座通連合会常務理事に就任。以降、文化活動委員長、総務委員長、環境安全委員長を歴任し、2013年、一般社団法人銀座通連合会の理事長及び全銀座会代表幹事に就任、銀座の街の様々な活動に日々携わっている。