伏見城と西本願寺・養源院:「美しき城」vol.6 萩原さちこ

2016.03.07

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秀吉と家康、それぞれが築いた伏見城

京都の国宝三大唐門のひとつである西本願寺の唐門が、伏見城の城門を移したものとされるのをご存知でしょうか。豊国神社の唐門ももとは伏見城のものとされますし、伏見城ほど近くの御香宮山門は伏見城大手門、源空寺山門は伏見城内の建物の一部といわれます。実はそれ以外にも、全国の城には伏見城ゆかりの城門や櫓が多くあります。伏見城は、栄華を極めた豊臣秀吉の居城。太閤・秀吉の形見として、崇められるかのように各所で再利用されているのです。

秀吉が築き晩年を過ごした伏見城(第3期伏見城)は、壮絶な籠城戦の末に落城します。このとき焼け残った建造物や材木が、さまざまな城や寺に運ばれました。その後、第4期伏見城が徳川家康により再建され、初代・家康、2代・秀忠、3代・家光が将軍宣下を受けるなど、伏見城は徳川家にとっても特別な城となりました。

 

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