旅行

越前大野城の城下町:「美しき城」 vol.22 萩原さちこ

2016.06.27

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碁盤目のような短冊形の城下町

越前大野城の魅力は、城下町です。城の東麓に、まるで碁盤の目のように整然と区割りされています。防火対策として拡張された六番通りや石灯籠通り以外はほぼ道幅も変わらず、江戸時代の『大野城下絵図』に描かれた城下町の区割りがおもしろいほどそのまま残っています。武家屋敷の外側に配された町人屋敷は、東西・南北それぞれ6筋の通りによって短冊形に区切られ、北陸の小京都と呼ばれました。

町の東端には寺町がつくられ、そこから城のある西に向かって、五番通り、四番通り、三番通り、二番通り、本町通りが南北方向に配されます。東西方向に並ぶ通りのうち、大野の風物詩・朝市が開かれている七間通りが、城への正式な登城道である大手道です。大野の城下町は商工業の発展を重視してつくられたようで、城主の登城時にも出迎えが最小限で済み、区画の東西面に住む町人たちが手を止めることないよう設計されています。まっすぐ通り抜けられないように道が鉤型に折れるなど、軍事面の工夫も随所に見られます。

越前大野城と城下町をつくったのは、織田信長の初期親衛隊“小姓衆・赤母衣衆”だった金森長近です。大野の一向一揆を収束させた恩賞として信長にこの地を与えられ、1575年(天正3)から5年の歳月をかけて築城されました。城下町づくりの名人とされる金森長近は、やがて飛騨高山に移り、かの有名な城下町をつくることになります。

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