秋田城と古代城柵 :「美しき城」 vol.29 萩原さちこ

2016.08.15

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 古代、東日本に築かれた「城柵」

広大な敷地に、突如現れる不思議な門と城壁。城と聞いてやって来たのに、なにやら違和感のある空間です。秋田城は、東日本に築かれた「城柵(柵)」のひとつ。一般的にイメージされる天守がそびえる城とは、築かれた時代が異なります。

城柵とは、奈良・平安時代の律令国家が地方支配の拠点として設置した軍事・行政施設のことです。東日本限定で、越後国、陸奥国、出羽国に置かれ、支配領域の拡大と蝦夷(えみし)の総括を目的として設けられました。秋田城はそのなかで最北の城柵。よく整備され、建物の一部が復元されているのでイメージがわきやすく、城柵がどんなものをかを知るにはおすすめです。秋田駅から車で約15分、車を降りれば古代にタイムスリップできます。

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出羽国府が置かれた、最北の城柵

秋田城は、出羽国に置かれた大規模な地方官庁で、政治・軍事・文化の中心地でした。天平5年(733)に出羽柵(いではのき)として遷され、天平宝字4年(760)頃に秋田城と呼ばれるようになったようです。

役割は大きく3つ。県庁や市役所のように役人が戸籍を作成し税を徴収する行政機関、現在の警察のように兵士が常駐して治安維持に務め外敵に備える軍事施設で、律令国家の支配が及ばない北東北や北海道の蝦夷に対する支配や交易や交流の窓口。最北の城柵にあたるため、東アジア諸国との外交などの窓口にもなっていたようです。

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