岡城の石垣:「美しき城」 vol.35 萩原さちこ

2016.09.26

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異空間に迷い込んだかのような城

この城を訪れると、不思議な気持ちになります。異空間に迷い込んだような錯覚に陥るのです。高い山の上にいるものの、城内ではあまり高低差を感じません。それは、この城が東西に続く標高325メートルの阿蘇溶岩台地上にあるから。斜面を大規模に削り込んで広大な平坦地を確保し、周囲を石垣で囲んでいます。 白滝川と稲葉川に挟まれた、切り立った崖の上にあります。難攻不落の堅城といわれるのは、1586(天正4)年からの豊薩戦争で島津義弘の大軍を撃退した歴史があることから。1185(文治元)年に源義経を迎えるために築城したとされますが、室町時代初期に豊後国守護・大友氏の分家である志賀氏が入り居城としました。 壮大な石垣を築き現在の城へと大改修したのは、1594(文禄3)年に城主となった中川秀成です。秀成は、豊臣秀吉と柴田勝家が激突した1583(天正11)年の賤ヶ岳の戦いで秀吉軍として奮闘の末に討ち死にした、中川清秀の次男。石垣を積み、本丸を中心とする中央の主郭エリア、御廟などがあった東側のエリア、西の丸御殿や家臣団屋敷が並んだ西側のエリアの3つで構成される近世の城をつくり上げました。

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岩盤上にそそり立つ圧巻の高石垣

なんといっても目を見張るのが、本丸北側の岩盤上の高石垣です。西中仕切跡付近から見る三の丸北側の石垣は岡城の「顔」といえ、城ファンなら一度は見てみたい憧れの景観でもあります。足がすくむほどの断崖に、高さ20メートルはあろうかという石垣が岩盤上に直接そそり立つ姿は圧巻のひと言。石垣の向こうには山々が見え、大自然をも取り込んだような光景です。晴れていれば久住連山が見渡せる、眺望のよさも魅力です。 本丸を中心とする、主郭部の構造も見ものです。本丸の北側一段下に二の丸、西側の一段下に三の丸を置き、それらで構成される中枢部の両側は西・東中仕切りという城門でがっちりと守られます。この中仕切りの配置と石垣は、見ごたえがあるポイント。本丸の南西隅には天守相当の御三階櫓があり、明治まで存続していました。 大手口から大手門へ向かう登城道の崖側にある、「かまぼこ石」も必見です。全国的にも珍しい石塁で、雨除けのために扇形に加工されています。ところどころに開いている穴は柱穴で、ここに柱を立て、戸板を並べて城壁としていたようです。

 

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