旅行

「美しき城」 vol.43

亀田城と真田家:城郭キュレーター 萩原さちこ

2016.11.21

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真田家ゆかりの姫が嫁いだ城

亀田城は、今年大きな話題となった真田信繁(幸村)ゆかりの城です。実は、亀田藩は信繁の五女・お田の方(顕性院)の嫁ぎ先。1615(慶長20)年の大坂の陣で信繁が討ち死にすると、お田の方は徳川方に捕えられ江戸に連行されましたが、信繁の兄・真田信之の計らいで大奥に仕えます。やがて、京都で佐竹義宣と弟の宣家(後の亀田2代藩主・岩城宣隆)の世話をしていたころ見初められ、宣家の側室を経て正室となったのでした。

宣家を魅了した理由のひとつは、お田の方の礼儀作法や武術の腕だったといわれます。子の3代藩主・重隆は後に名君と呼ばれますが、幼少時代にはお田の方が自ら読み書きや武道を教えたこともあったとか。亀田藩の繁栄に尽力し、絵に書いたような良妻賢母として後世に名を残しましたが、儚くも32歳の若さでこの世を去りました。

真田家の再興にも力を注ぎました。三好幸信は、お田の方と同じく豊臣秀次の娘、隆清院を母に持つ弟。大坂の陣で信繁が没した2ヶ月後に京で誕生した信繁の三男です。幸信はお田の方の計らいで岩城宣隆に迎えられ亀田藩士となり、祖父の三好姓を名乗りました。

 

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