世界的建築家・伊東豊雄さんが大三島と都市を結びつける

2017.02.21

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ヴェネツィア・ビエンナーレ「金獅子賞」やプリツカー建築賞など建築界における名誉ある賞を数多く受賞し、世界的に活躍する建築家・伊東豊雄さん。そんな伊東さんが2014年から本格的に立ち上げたのが「日本一美しい島・大三島をつくろうプロジェクト」。伊東さんが描くこれからの建築の概念、これからの地方のライフスタイルとともにプロジェックトへの思いをうかがいました。

建築の依頼を受けたところから生まれた大三島との縁

伊東さんが初めて大三島を訪れたのは2004年のこと。「ところミュージアム大三島」の名誉館長だった所敦夫氏から、隣に建設するアネックスの設計依頼を受けたのがきっかけでした。依頼を受けた伊東さんは所氏とともに船で大三島を訪れます。

(2)-min写真(上)/ 大三島最高峰の鷲ヶ頭山(標高436m)からは島の景色が一望できる。Photo by Yusuke Nishibe


「しまなみ海道は開通していましたが、船から島を見たほうが地形もよくわかりますし、今でも船のほうが島の印象は深く感じます。島はどこも傾斜が厳しく平地が非常に少ないので、建築の面ではやりづらい島だと思います(笑)。しかし、大山祇神社という神社の神様に守られ、開発がされてこなかった大三島の自然や風景は非常に美しく、瀬戸内海の島の中でもとりわけ清らかな印象を受けました」

(3)-min(4)-min写真 /(上)今治市伊東豊雄建築ミュージアム「スティールハット」では、「日本一美しい島・大三島をつくろうプロジェクト」展が開催されている。(下)同「シルバーハット」は、ワークショップやアーカイブ保存の場となっている。Photos by Daici Ano


「ところミュージアム大三島」のアネックスとして始まった建築は、伊東さんの作品を展示する「スティールハット」と伊東さんの旧自邸を再生した「シルバーハット」の2棟で構成される「今治市伊東豊雄建築ミュージアム」として2011年に開館を迎えます。

「所さんといろんなお話をするなかで、自分の生涯の仕事として、若い建築家を育てるようなことをやりたいという思いに強く共感してくださったということもあって、このような結果になりました」

傾斜地の中でどこにミュージアムを建てるか、場所探しに苦労しながらも今治市の協力も得て完成したミュージアム。その眺望は素晴らしく、島で一番美しい夕日が眺められるといいます。

(5)_MG_1861 copy東日本大震災の被災地で人々との対話から気づかされた建築の真髄

大三島に伊東さんのミュージアムが開館した2011年といえば、東日本大震災が起きた年。伊東さんが主宰する「伊東建築塾」が発足した年でもありました。伊東さんは塾生とともに震災後間もない東北へ行き地元の人と対話を重ね、その年の秋には人々が集うコミュニティ空間である“みんなの家”を作りました。これが地元の皆さんに喜ばれ、今では15軒を数えます。

(6)-min写真(上)/ 3.11東日本大震災の後、最初に完成した仙台市宮城野区の「みんなの家」。


「東北でいろんな人たちと話をするなかで強く感じたのは、僕らが今まで作ってきた建築は、都市で生活する人たちのために考えられた建築であって、地方の人たちにとってあまり役に立つものではないということです。これからの日本を美しく元気にしていくためには、もう一度自然との関係やコミュニティの問題を考え直す必要があって、都市よりもむしろ地方に目を向けるべきだと強く感じました。

それに、都会で“コンセプトはね”なんて言っているより地方に行って地元の人たちと会話をするほうがはるかにリアリティを持って大事なものが見えてくる。それは津波被害を受けたエリアでみんなの家を作るときに、うちのスタッフも一番痛感したことだと思います。あぁ、建築というのはこういうことなんだと」

ノウハウを教えるのではなく、建築とは何かを見つけていく塾

伊東さんが東北で感じた地方への思いや建築への思いは、建築塾を通して塾生たちに伝えられています。

「建築塾というと、設計とは?ということを教えると思われるかもしれませんが、全くそうではないんです(笑)。一緒に大三島に行って島の人たちと話をしたり、島に多くある空き家の修復をしたり。それもあって、今まで建築は敷居が高いと思っていたような人たちも来てくれています。

今までの概念とは随分違うと思いますが、設計するだけが建築ではなく、こういうことが建築家にとって重要になってくるし、都市だけを見ていた20世紀の概念から改めて考え直さなきゃいけないというのは若い建築家にも伝えたいことです」

(9)(10)写真 /(上)「子ども建築塾」前期『いえ』の課題に取り組む子ども。(下)「子ども建築塾」後期の敷地となった千駄ヶ谷の『まち』を考える子どもたち。

そして伊東さんが、大人向けの建築塾と同時に立ち上げたのが、小学校高学年の子どもを対象とした「子ども建築塾」です。

「今、国内でも海外でも展覧会をやると、必ず子どものワークショップを依頼されるんです。そういう場に集まる子どもたちは僕なんかでも考えられないぐらい非常に自由な発想を持っているんです。それで子ども建築塾を作ったのですが、想像通りおもしろいです(笑)。

ある男の子は初めは冒険の家みたいなものを作っていたんですが、そこに家族はいないんです。“どうしてお父さんやお母さんがいないの?”と言うと最初はいらないと言うんですが、“でもご飯食べさせてもらってるでしょ”というと、だんだん親も一緒に住めるようになって、家族や社会、環境なんかも考えるようになるんですよね」

建築は建物を設計して建てるだけではなく、そこに暮らす人や周囲の環境も含めて考えるもの。伊東さんの建築に対する考え方は大人向けの塾だけでなく、子ども建築塾にも生きています。

 

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