松山城のトラップ:城郭キュレーター 萩原さちこ

2017.03.27

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トリック満載のエンターテインメント城

迷うのが楽しい、巨大迷路のような城です。城内のあちこちにトラップが隠され、息つく暇がありません。なるほどと膝を打ちたくなる巧妙なしかけ、度肝を抜かれるダイナミックな攻撃設備。裏の裏のさらに裏をつくような、心理作戦も織り交ぜたワンダーな世界が広がります。敵兵になったつもりで歩くと、ゲーム感覚で城攻め体験ができます。

たとえば、大手門跡前の通路。正面には太鼓櫓、その左奥には中の門があり、正面に小さく天守が見えます。いよいよ天守が近づき気持ちが高ぶりますが、天守への近道と思える中の門方面は、おとりの道。直進すれば、袋のねずみとなってしまいます。

右手の太鼓櫓下をU字に折り返す坂道が正規ルートですが、ここを進んだとしても中の門が背後になるため、いずれにせよ挟撃されるのは必至です。進むべき方向が真逆というだけでも気持ちが萎えますが、唯一の攻略法は運と勢いという危険度の高さも嫌なものです。

かろうじて突破しても気は抜けず、むしろここからが攻防戦の本番になります。坂道を上りきり小さな戸無門をくぐり抜けると、すぐ左に城内最大の筒井門が待ち受けます。

急に道幅が広がることもあり、敵はおそらく勢いよく攻め込むことになります。ところが、ここに城内最大のトラップが隠されているのです。なんと、筒井門の奥には隠門という奇襲用の門が潜みます。

matsuyama-2 copy-min
matsuyama-3 copy-minmatsuyama-4 copy-min天守だけではない、重要文化財の宝庫

松山城は、全国で12しか現存しない天守を擁する城です。天守だけでも見に行く価値がありますが、合計21棟もの建造物が現存する重要文化財の宝庫でもあります。天守をとりまく本壇の入口周辺は櫓や門、土塀が多く残ります。

天守は三重三階地下一階の層塔型で、大天守・小天守・櫓を多聞櫓でつないだ姫路城と同様の連立式天守です。1602(慶長7)年に築城を開始したのは賤ヶ岳七本槍で知られる加藤嘉明ですが、現在の天守が築かれたのは1854(安政元)年のこと。

嘉明が建てた天守は五重で、嘉明が建てた五重の天守は松平定行によって1642(寛永19)年に三重に改築されました。1784(天明4)年に落雷により消失したため、1820年(文政3)に再建工事が開始され、35年を経て完成。城主の松平家にちなみ、現存する天守で唯一、瓦に葵の御紋が付されています。

 

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