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ホテルオークラ 至福のおもてなし《第5話》

2018.02.10

ホテルオークラ 至福のおもてなし

《第5話》

 

ホテルオークラ東京には、伝説の靴磨き職人がいる

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マイケル・ジャクソンから三大テノール、政財界の重鎮まで、綺羅星のような紳士たちの靴を磨いてきた伝説の靴磨き職人、井上源太郎さん(=源さん)に磨いてもらうと、靴が蘇ったような不思議なオーラを放つ。「輝きを仕込むということは、チカラを仕込むことでもあるから」と、源さんは軽やかに笑う。

 

テルオークラ東京の地下一階に「シューシャイン SHOE SHINE」を構える井上源太郎さん(=源さん)は、おそらく世界でもっとも有名な現役の靴磨き職人である。源さんは、政財界人や文化芸能人のみならず、靴業界やお洒落を自認する世界中の紳士たちにも熱狂的なファンを持っている。これまで源さんが靴を磨いた綺羅星のような顧客の中には、佐藤栄作はじめ歴代首相や石原慎太郎、あるいは初来日したビートルズをはじめ、マイケル・ジャクソン、パヴァロッティ、ドミンゴ、カレーラスの三大テノール、ジャイアント馬場など枚挙にいとまがない。

 筆者は今回の取材で愛用のJ.M.ウエストンの靴を磨いてもらったが、その靴の写真をSNS にアップしたところ、源さんの名前に世界中の多くのファッショニスタたちから、賛美と羨望の反応を頂いた。「源さんのSHOE SHINE」は、ある意味で紳士であることのアイコニックな存在であり、彼に靴を磨いてもらうことが一つのステイタスになっている。しかも、今年で73歳を迎える今でも、その技術は進化し続けているのである。

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アーティストが多く訪れたヒルトン、キャピトル時代と比較するとオークラは財界の顧客層が多いと語る源さん。磨き上げの度合いも、靴の種類や顧客の好み、職業によって絶妙に加減をするが、もっとも大切にしていることは、顧客の服装や雰囲気のバランスだという。

上源太郎さんは、終戦の年の1945年に東京・神田の呉服店の息子として生まれた。高校時代、当時貴重だった革靴を父親から買ってもらったことがきっかけで、靴磨きに興味を持つようになったという。転機は、当時赤坂にあった山王ホテルのボーイ時代だった。将校たちの靴磨きを買って出たところ評判になり、それがきっかけで東京ヒルトンホテルにスカウトされた。1972年のことである。以来、靴磨き職人として数多くの紳士たちの靴を磨いてきた。

 源さんはその後、フランスの銘靴ブランドとして名高い、ベルルッティにスカウトされ専属の靴磨きアーティスト(カラリスト)として、5年間活動したのちに、2005年末にホテルオークラ東京に現在の店を開いた。基本的な勤務は、平日の午前9時40分ごろから、17時過ぎまで。一足にかける時間は、13分から15分ほどだから勤務中は休憩もままならない。現在、顧客の9割ほどは常連客だが、ホテルの宿泊客だけでなく靴磨きを依頼するためだけに訪れる顧客も多い。そのほかに、靴を宅配便で送ってくる顧客も少なくない。小さなショップの片隅は、そうした荷物であふれていた。

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源さんに磨かれる靴の様子は、終盤に水をつけて伸ばすあたりから一変しはじめる。風で揺れていた湖の湖面から風が止むように、一瞬で鏡のように変化する。それはある種の魔法のようだ。

「鏡面磨き」という言葉をご存知だろうか?靴磨きにはいくつかのテクニックがあるが、皮革面を鏡のように磨き上げる方法のことを、そのように呼ぶ。源さんは、この「鏡面磨き」の超絶技法の持ち主として知られ、むしろこの言葉そのものも、源さんの磨き方が語源という説もあるほどである。

 源さんによると、一昔前までは、靴墨をたっぷりと塗る“厚塗り”が主流であったが、「鏡面磨き」の場合はその逆で、可能な限り靴墨を少なくし、それを水で伸ばすことによって、革の表面に皮膜が出て、鏡のように光るのだという。実際に目の前で筆者の靴を磨いてもらったところ、源さんはごく普通の手順で、ごく普通の道具で磨きはじめるのである。

の様子は、終盤に水をつけて伸ばすあたりから一変しはじめる。風で揺れていた湖の湖面から風が止むように、一瞬で鏡のように変化するのである。それはある種の魔法のようである。しかも、源さんの「鏡面磨き」は、その輝きの持続性が長いことも特徴だ。もちろん、その磨き上げの度合いも、靴の種類や顧客の好み、職業によって絶妙に加減をするのだが、もっとも大切にしていることは、その方の服装や雰囲気のバランスだと源さんはいう。

 お洒落は足元からというが、実際に源さんに磨いてもらうと、靴が蘇ったような不思議なオーラを放つ。「輝きを仕込むということは、チカラを仕込むことでもあるから」と、軽やかに笑う源さん。日々、多くのゲストを足元から輝かせるだけなく、ホテルオークラ東京というブランドイメージをも磨きをかけ続けているのである。

 

 

 

文・中村孝則

写真・青木倫紀

構成・藤野淑恵