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知られざる北斎〜beyond the border〜《最終話》なぜいま、北斎なのか

2018.02.25

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葛飾北斎の自画像

回北斎を求めてイギリス、オランダ、二度に渡るフランス、ドイツと歩いてきたが、一番驚いたのは、たまたま別件取材で訪ねたイタリア・ローマで偶然であった「北斎展」だった。テベレ川のたもと、ヴァチカンに続くクレシェンツィオ通りの近くで突然現れた何本もの「HOKUSAI」の幟。
―――ここでも北斎か!
アラ・パチス博物館で行われている「北斎マエストロの足跡」展は、こぶりではあったが約200点の浮世絵と肉筆画、見事な「春画」も展示されていて圧巻だった。

振り返れば2014年のパリ・グランパレでの大北斎展を皮切りに、ここ数年間はロンドン、東京、大阪、ミラノ、そしてローマと、世界中の大美術館博物館で北斎展が開かれている。2019年には東京六本木の森美術館でも大きな展覧会があり、2020年東京五輪の期間には、大浮世絵展が開かれる予定という。美術界では「北斎は当たる」という定評はあるというが、1760年生れ1849年没なのだから、アニバーサリー・イヤーでもない。
なのになぜいま北斎なのか?

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朴に疑問に思い、私は各都市の美術館を訪ねるたびに、キュレーターに同じ質問をした。大英博物館の日本美術担当キュレーター、ティム・クラークはこう言った。
「私は7,8歳の時に日本に興味を持ちました。ヨーロッパとは何か違う国として。そこから日本の美術に興味を持ち、大学で日本語を学び、学習院大学にも3年間留学。81年に大英博物館で大江戸展があったときにはアメリカにいましたが6回通いました。87年に大英博物館に入り、いつか北斎の晩年をテーマにした展覧会を開こうと狙っていました」

ティムと共同企画者となった大阪あべのハルカス美術館の館長、浅野秀剛はこう語る。
「99年に千葉市立美術館にいたときに大英と歌麿展をやり、次には北斎をと話していました。10年前に私がハルカスに移り、やっと期が熟したという感じです」

国立西洋美術館の馬渕明子はこう語る。
「私どもの企画は7,8年前から企画していました。たまたま私がここの館長になり、いろいろな偶然が重なった結果です。途中で同じタイミングで大英とハルカスでも北斎展があると知って、まずいなと思ったほどです。作品の取り合いになりますから」

どの美術館も、このタイミングで北斎展が開かれたのは偶然だという。ということは、逆に言えば時代が北斎を求めているということになる。その理由をさまざまな人に訪ねて廻ると、美術評論家で画商でもある山本豊津はこう語った。
「一言で言えば時代の閉塞感ではないかな。資本主義の終末観が広がり、西洋中心の文化文明にも行き詰まり感がある。誰もが行き場のない感覚の中で、ニューフロンティアを求めているんです」

う、浮世絵や北斎が世界的なブームになった19世紀末ジャポニズムも同じ感覚だった。世紀末感に加えて機械文明の広まりから人々の意識は自然回帰に繋がり、古い美術体制の下で印象派の若き画家たちは喘いでいた。ニューフロンティアを求めていたのだ。

そこに西洋芸術のコンテクストとは全く異なる価値観を持った「芸術」が、極東の島国日本から登場した。明るい色彩、強烈な光、大胆な構図、自然と一体になったテーマ性。印象派の画家たちにとって、自分たちがもがきながら獲得しようとしていたエッセンスが、太い輪郭と共にすでに描かれている。日本ではそれは「実用の美」だったが、西洋では「純粋芸術」となって、北斎はダ・ヴィンチやミケランジェロと同列に評価された。

つまり西洋人にとって浮世絵の出現は、「黒船」でありニューフロンティアだったのだ。

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北斎の代表作「神奈川沖浪裏」は時代を越えて世界中の人から愛され続けている

日の社会を見ても、すでに地球上には資源が潜む未開の地はない。人類はネットという仮想社会にフロンティアを求めたが、08年に崩壊したリーマンショックや昨今の仮想通貨騒動で、簡単に馬脚を現した。科学の世界でも簡単にニューフロンティアは見つからないから、STAP細胞騒動が起きる。人口減少に喘ぐ日本では、都会市場はどこも飽和状態でニーズの奪い合いの連続だ。必然的に過剰労働になりブラック企業が跋扈する。

約2000年続いた西洋社会は疲弊して、自分たちとは価値観の異なる「東洋的な」美が求められている。一神教に対するアニミズム的宗教観。キリスト教的人間中心、進化成長を必須とする価値観から、アニミズム的自然崇拝、全ての生命を大切にしてシェアするエコロジカルな文化文明へ。
そのシンボルとして150年の時を経て再び北斎に光が当たっている。つまり今日の北斎ブームは「21世紀のジャポニズム」なのだ。150年前の日本人は、遠くヨーロッパで起きるその潮流を知らずにいた。けれど今日の私たちは、自覚的に日本と日本人が持っている価値観、宗教観を世界に発信する役割がある。

北斎の作品は、私たち人類が未来を見るときの、微かな希望でもある。(完)

 

本連載は今回で最終回となりました。現在本連載をもとに『知られざる北斎~ゴッホ、モネ、忠正、鴻山とその時代』(仮)を執筆中で、6月には幻冬舎から上梓予定です。ご愛読を感謝いたします。

 「知られざる北斎~beyond the border~《第1話》 葛飾北斎とゴッホを結びつけた日本人①」はこちらから>>
「知られざる北斎~beyond the border~《第2話》 葛飾北斎とゴッホを結びつけた日本人②」はこちらから>>
「知られざる北斎~beyond the border~《第3話》西欧諸国に吹き荒れるジャポニズム① 」はこちらから>>
「知られざる北斎~beyond the border~《第4話》西欧諸国に吹き荒れるジャポニズム②」はこちらから>>
「知られざる北斎~beyond the border~《第5話》熱狂する海外、見向きもしない日本」はこちらから>>

「知られざる北斎~beyond the border~《第6話》芸術によって西洋と東洋を結ぶ 」はこちらから>>
「知られざる北斎~beyond the border~《第7話》北斎はなぜ世界の北斎になったのか 」はこちらから>>
「知られざる北斎~beyond the border~《第8話》北斎はなぜ世界の北斎になったのか② 」はこちらから>>
「知られざる北斎~beyond the border~《第9話》「浮世絵」という名の「黒船」の来襲   」はこちらから>>

〈プロフィール〉

神山典士(こうやま のりお)

ノンフィクション作家。1960年生まれ、埼玉県出身。1996年「ライオンの夢、コンデ・コマ=前田光世伝」にてデビューし、小学館・第3回ノンフィクション大賞優秀賞を獲得。扱うテーマは芸術活動、スポーツ、ビジネス、食文化・・・と多岐にわたる。
2012年「ピアノはともだち、奇跡のピアニスト辻井伸行」で全国読書感想文コンクール課題図書選出。2014年、「週刊文春」2月13日号にて、同誌取材班とともにスクープ記事「全聾の作曲家はペテン師だった!ゴーストライター懺悔実名告白」を発表。社会的な反響を呼び、同記事は第45回大宅壮一ノンフィクション賞・雑誌部門を受賞した。