コラム第7回:日本の美とは? Vol. 3「蒔絵」~人間国宝、室瀬和美先生から学んだ「蒔絵」の神秘世界

伝統工芸の世界に触れる機会がぐんと増えた2010年以降、数多くの作り手の方々と交流そしてきている私ですが、「人間国宝」という肩書を持たれた方々とお目にかかる機会を得たのは、ある会議でのことでした。
それは、2020年に東京で開催されるオリンピック・パラリンピック大会に向けて、カルチュラル・オリンピアードというスポーツの祭典の機会に並行して文化活動も隆盛させようという運動を起こすために、文化関係者を集めて開催された会議で、その会議に参加されていたお一人が、室瀬和美先生でした。
人間国宝とは、日本の文化財保護法に基づき、文化庁長官が指定する重要無形文化財保持者をさす言葉で、保護法にはその言葉は記されていなのですが、通称の呼び名なのだそうです。持てる技が、まさに日本の宝物である、という意味の「人間国宝」。1955年に始められて以来、工芸技術分野では175名ほどの方々が認定されてきており、現在、活動を続けている方々は50数名。ほんの一握りの方々が授けられる尊い肩書きです。
室瀬先生に会うまでは、おおよそ、こういったタイトルは高齢の先生方に授けられるものだろうと思っており、権威ある肩書きなので、気軽に会話ができない方々なのではないかと勝手に決めつけていたのですが、室瀬先生が極めて若々しく、また、ご発言がとても勢いに満ちていて、「伝統世界はつねに未来を考えないといけないんですよね」と、まさに伝統と革新のスピリットをリードするアクティブな言葉を繰り返されていたことが強く印象に残ったのです。
2014年、東京国立博物館平成館で開催された「人間国宝展」は、まさに人間国宝世界の集大成でした。伝統工芸が古代から続く長い歴史を背景に現代にまで至っていることを理解して頂く展覧会として開催するなら、ぜひとも国立博物館で開催すべきであると積極的に提案し、それを実現に向けて尽力されたのが、室瀬和美先生だったのです。
「『伝統』とは過去の技や意匠を継承しているだけの世界ではなく、そのエッセンスに今の時代の感性や価値観を加味して表現するものなのである。これが真の日本の『伝統工芸』文化と言えるものであろう。」(室瀬和美、「人間国宝展」カタログのエッセーより)その価値を高く認めながらも、常に革新が必要である、という室瀬先生のパワフルなメッセージは、私の心を強く動かしたのです。
そんな私が、会議でご縁をいただき、何度か先生の工房を訪ねる機会をいただき、展覧会にもお訪ねしました。漆に金粉・銀粉を蒔いて、自然への憧憬を描き出す先生の手がけられた蒔絵の作品を直に拝見する時間は、まさに輝きの宇宙に酔いしれるひととき。描かれた自然やグラフィカルな描写に誘われ、しばし現実世界から離れて神秘世界にトリップする時間を味合わせていただくのです。
そんな室瀬先生に、ある折、お願いに上がり、ジュエリーを作っていただけませんか?というお声がけをさせていただきました。恐れ多くもーーという感じで、おずおずとお願いに上がったのですが、先生の反応はとても明るく、「いいですよ、新しいことに挑戦をしてみましょう」とおっしゃってくださり、その1年後に、5つのブローチペンダントを完成させてくださったのです。木火土金水、という風水の5つの要素に沿って、蒔絵にダイヤモンドやパールを配した、この世に他に二つとない、美しいジュエリー。時代を、国を超えて、太古の昔から未来に至るまでの感性を感じさせる、まさにミュージアム・ピース的なジュエリーが誕生しました。
MUROSE KAZUMI × Kagayoi / 目白漆芸文化財研究所
革新に、挑戦は、必要なスピリット。私の依頼を、心広く、懐深く、受け止めてくださり、制作して完成にまで至ってくださった先生の人間力の大きさ、深さに、この時ほど感動したことはありません。そしてそこに、伝統世界の未来を見た気がして、私も微力ながら、これからも活動を続けていこう、もっともっと学んで行こうと、新たに思い立たされた体験となりました。
目白漆學舎
http://www.urushigakusha.jp
<プロフィール>
生駒芳子(いこま よしこ)
VOGUE、ELLEを経て、マリ・