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第9回:日本の美とは? Vol. 5 「江戸小紋」——伊勢型紙の細密な紋様から生み出される、スーパー・グラフィックの宇宙。

2018.02.22
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勢型紙と江戸小紋の関係は、ご存知ですか?伊勢型紙という型を用いて、着物地を染めると「江戸小紋」が誕生するのです。着物に詳しい方でない限り、なんとなく聞いたことはあるけれど、よくわからない、説明できない、というのが、正直なところの意見ではないでしょうか? 5年前までの私も、そんな程度の認識でした。

それが今や、江戸小紋を用いてスカーフを作るというようなプロジェクトに挑んでいます。伊勢型紙が、西洋の美術に大きな影響を与え、なおかつ、江戸小紋は江戸時代の最上級の着物地であり、日本ならではの美しい世界であるという事実——その歴史を、なんとしてでも未来に繋がねば――という思いから、開発事業にのめり込んでいます。

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生駒芳子プロデュースのブランド「HIRUME」の江戸小紋のスカーフ

ころで私が、伊勢型紙の世界に出会ったのは、今から5年前のこと。三重県の首都圏でのアンテナショップ「三重テラス」が誕生すると同時に、私は「三重テラスのクリエイティブ・ディレクター」という肩書きをいただき、それ以来、足繁く三重県に通うようなことになったのですが、伝統工芸の里を訪ねる旅の中でも、最も印象に残り、なおかつ、すぐにはその存在意義が理解できず、もっともっと深く知りたい!と思わせられたのが、伊勢型紙の世界でした。

「伊勢型紙とは、友禅、ゆかた、小紋などの柄や文様を着物の生地を染めるのに用いるもので、千有余年の歴史を誇る伝統的工芸品(用具)です。和紙を加工した紙(型地紙)に彫刻刀で、きものの文様や図柄を丹念に彫り抜いたものですが、型紙を作るには高度な技術と根気や忍耐が必要です。」と、三重県の伊勢形紙協同組合のサイトでの説明です。3枚の和紙を柿渋で固め、天日で干す。その固めた和紙を複数重ね、一気に彫刻刀で彫る。縞彫り、突彫り、道具彫り、錐彫りと、職人さんはそれぞれの彫り方の専門家となっています。

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伊勢型紙をもとにつくられた美しい江戸小紋の竹の着物

勢型紙の職人さんのお一人を訪ねたのですが、丹念な、集中力と根気のいる、細かい細かい仕事です。まさに銀河宇宙のような、細かい点や線で構成された超越的なグラフィカルな世界。失敗は許されない世界。職人さんが彫る行為は、瞑想のような作業——そう感じたことを忘れません。現在では、職人は20人余りしかいないと言われ、少し前までは最年少の職人が50代と言われていたのですが、最近の動きとしては、30代の女性職人が誕生したという嬉しいニュースもあります。

この伊勢型紙が19世紀後半、浮世絵や有田焼とともに大量にヨーロッパに渡り、アール・ヌーボーや印象派、ユーゲントシュティール、リバティプリントなどに多大なる影響を与えました。私たちが、西洋の美術として学んできた流れのルーツに、日本の美術があったーーという情報は、知ったときには本当に衝撃でした。いわゆるジャポニズムの流れです。

その伊勢型紙をもとに、美しい江戸小紋の着物地を生み出している染工場に、東京で出会いました。それが、廣瀬染工場です。100年続くこの染工場の4代目が、廣瀬雄一さん。姿を表した若き職人は、全く伝統工芸のイメージからは程遠い、おしゃれなイケメン。元はウィンドサーファーとしてシドニーオリンピックの際には強化選手として活躍したというスポーツマンですが、現在は家業を継いで、伝統工芸を世界発信することに燃えています。

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廣瀬染工場4代目、廣瀬雄一氏

瀬染工場には、年季の入った昔ながらの工場が残されており、伊勢型が保管された部屋も今なお、大切に残されています。基本を変えずに、江戸小紋を作り続けつつ、雄一さんの代では、スカーフの開発も展開し、なおかつパリの大学で江戸小紋の講座、ワークショップを持つという活躍ぶりです。工場誕生100年を記念して、今年7、8月には、表参道の EYE OF GYRE にて展覧会も予定されています。

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廣瀬雄一氏プロデュース迷彩柄の江戸小紋スカーフ「comment?」

戸時代には、諸大名が着用した裃から始まり、庶民にまで広まった江戸小紋ですが、その細かい柄は、まさにスーパー・グラフィックと呼ぶにふさわしい世界。贅沢を禁じられたがゆえに、遠くからは無地に見えるような細かい柄を考案したという説もあります。神は細部に宿る。質素こそが江戸の粋。伊勢型紙から生み出される江戸小紋の世界は、まさに「日本の美」の象徴と言えるでしょう。

 

<プロフィール>

生駒芳子(いこま よしこ) 

VOGUE、ELLEを経て、マリ・クレール日本版の編集長を務める。2008年に独立し、ファッションからアート、デザイン、伝統工芸、エシカル、クール・ジャパン、社会貢献、女性のエンパワメントまで、幅広く執筆・編集・企画・プロデュースを手がける。2010年より、日本の伝統工芸を世界発進するプロジェクト「工芸ルネッサンスWAO」の総合プロデューサーを務め、パリ、ニューヨーク、東京で、ファッションやデザイン、アートを切り口としたキュレーションで伝統工芸世界を紹介。2017年、伝統工芸をベースに置いたラグジュアリーでクリエイティブなオリジナルブランド「HIRUME」を立ち上げ、2018年より本格発信をスタート。