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第14回:ディープ・ジャパン・トリップ「美しい木彫刻の聖地、和製ガウディ?南砺市・井波への旅」

2018.06.11
軒下の猫

八日市通りにある酒屋さんの軒先の酔っ払い猫

木彫刻美術のような街 ~富山県南砺(なんと)市・井波~

タリアの街は、古くからの石造建築が残り、街全体が美術館のように美しいとよく言われますが、日本にも、まさしく、街自体が美術館のようになっていて、美しい造形が楽しめる場所があります。木彫刻美術館のような街、井波。そう、街中が木彫刻の美術館になっている ——そんな風にうたわれた場所が、果たして本当に実在するのか ——と思って出かけてみたら、あるわあるわ、様々な木彫刻で飾り立てられている街が実際にありました!

八日市通りにはノスタルジックな雰囲気が漂う

 

山県南砺市の砺波平野の南端に位置し、八乙女山の山麓に抱かれた自然深き井波。由緒ある瑞泉寺の門前町として栄えた街です。中心には、参道として古くは江戸時代から栄えた八日町通りがあり、この通りを歩いてみると、軒先や柱などあらゆる場所に、木彫が飾られているではないですか! この井波が、今年の春、文化庁の日本遺産に認定され、木彫刻の聖地として名乗りをあげています。

 

 通りの両脇に、こうした木彫刻が飾られている!

 

波が、どれほど木彫刻の聖地なのかといえば、現存する木彫刻の匠を今でも300人近く抱えるという状況は、後継者不足で存続が危ないとあちこちで囁かれる伝統工芸世界では、極めて稀な豊かな状況。日本家屋では極めて贅沢な装飾である欄間と呼ばれる木彫刻の故郷は、まさにここ井波であり、全国のお祭で見かける神輿や曳山の装飾、天神様、獅子頭などの多くは、井波の職人が手がけているという。まさに“日本全国の木彫を支える街”なのです。職人を育てる学校もあり、そこには全国から木彫刻を目指す若者が集まり、地元の匠の工房で徒弟制度のもと修業を積む流れも継続しています。

表札も看板も、すべて木彫刻の技術で表現され、江戸時代からの木彫刻の芸術がそこここに息づく

井波の木彫刻の歴史は、宝暦12年(1762年)に遡ります。

陸最大の木造建築と言われる瑞泉寺は、その年、大火で焼失してしまうのですが、その再建の機会が、井波の木彫刻の歴史の始まりとなるのです。寺の木彫刻を手がけるため、京都から派遣されたのが、東本願寺の御用彫刻師・前川三四郎。その弟子になったのが、井波の宮大工四人。彼らが京都の芸術性の高い匠の技術を学び、技を磨き、受け継ぎ、華麗にして壮麗な井波彫刻の歴史を築き上げたのです。

 

井波への旅は、瑞泉寺を訪ねることからはじめたい。

見事な木彫で飾られた壮麗なる大門、本堂、太子堂を見たとき、かつてバルセロナでガウディの聖堂を見て、圧倒された時の感動が蘇ってきました。まさに「信仰と芸術」。人々の祈りの気持ちが、そのまま形になって現れた細密にして華麗な彫刻は、石の素材であれ、木の素材であれ、国境や宗教を超えて、平和や幸福を祈る人類に共通する想いの表れです。

 


瑞泉寺の入り口にそびえ立つ大門には、壮麗な木彫刻の装飾が施されている

いくつか見所をあげると、まずは、大門の入り口に飾られた「波に龍」の彫刻。これは、前川三四郎が京都で製作し、運んできたと言われる作品。圧巻の芸術作品です。また日本では最大の規模と言われる太子堂では、軒先に「手挟み彫刻」と呼ばれる、精密な見事な木彫刻が飾られています。

大門の中に飾られた、京都から送られてきた「波に龍」

大門に施された木彫刻の素晴らしさには、しばし息を飲む。まさしく日本のガウディ?と思った瞬間だ

大門の内部の美しい装飾。年季は入っているが、今なお、木彫刻のパワフルなオーラを感じる

本堂から眺める大門。人々の祈りの場である瑞泉寺には、心和める空気が流れる

表に残る式台門の両脇に飾られた「獅子の子落し」は、子を親が崖から突き落とすシーンと、這い上がる子を上から見守る親と、獅子の親子が見事に描かれている素晴らしい木彫刻です。

井波の匠たちが手がけた式台門

(左)子を落とす親獅子と、下には落とされた子獅子 (右)下には上を見上げる子獅子、上には心配そうに子獅子を眺める親獅子

の後、八日市通りを下ると、軒先に見事な木彫刻を次々と発見。表札が見事な木彫刻であったり、蛇や牛など家主の干支の動物の木彫刻が飾られていたり、龍や大黒様など縁起の良い木彫刻も多々あり。またよく見ると、猫の木彫刻があちこちに飾られ、お酒を飲んでいたり、寝っ転がっていたり、猫探しのクルージングだけでも楽しい。電話ボックスも、なんと木彫刻! 工房が通りのあちこちにあり、日中はトンカン、トンカンと、木彫刻を作る音が聞こえてきます。

八日市通りでは、匠たちが木彫刻を作る音が響く (左上)工房とショップがある井波木彫工芸館 (右上)工芸館の奥では、匠たちの技が見学できる バス停(左下)も、電話ボックスも(右下)も華麗な木彫刻で作られている 

 

波では4年に一回、木彫刻キャンプが開催され、世界中から木彫刻作家が集まり、作品製作、展示を行うという。まさに井波は、世界の舞台でも木彫刻のメッカと言える活動を展開しているのです。

 

木彫刻と祈りが一体化する井波

かねがね、伝統工芸の世界を訪ねる機会の多い私は、日本人にとって「ものづくりとは、祈ること」ではないかと感じていますが、まさしく井波では、木彫刻と祈りとが一体化しています。その歴史を誇りに想い、未来に繋いで行くことに情熱を燃やす人々が熱心に活動し、その想いが日本遺産への扉を開いたのだろうと感じています。

自然の素材、人の手作業から生まれる、究極の美しい芸術世界。木彫刻に触れる旅は、懐かしさと、クリエイティブな未来とを予感させる、五感で楽しめる、心温まる旅が楽しめそうです。

 

井波観光案内所
http://www.tabi-nanto.jp/inami/about.html

 

日本遺産
https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/

 

<プロフィール>

生駒芳子(いこま よしこ) 

VOGUE、ELLEを経て、マリ・クレール日本版の編集長を務める。2008年に独立し、ファッションからアート、デザイン、伝統工芸、エシカル、クール・ジャパン、社会貢献、女性のエンパワメントまで、幅広く執筆・編集・企画・プロデュースを手がける。2010年より、日本の伝統工芸を世界発進するプロジェクト「工芸ルネッサンスWAO」の総合プロデューサーを務め、パリ、ニューヨーク、東京で、ファッションやデザイン、アートを切り口としたキュレーションで伝統工芸世界を紹介。2017年、伝統工芸をベースに置いたラグジュアリーでクリエイティブなオリジナルブランド「HIRUME」を立ち上げ、2018年より本格発信をスタート。