日本語 | English | 简体中文 | 繁體中文

第19回:ディープ・ジャパン・トリップ「天王山の南麓に佇む、加賀正太郎氏の美世界を谷崎文学とともに旅する」

2018.10.24
1

美しいチューダー様式のアサヒビール大山崎山荘美術館

晴れに恵まれた一日、京都から電車を乗り継いで山崎駅に降り立ちました。アサヒビール大山崎山荘美術館を訪ねるためですが、美術館は駅からすぐ近くとはいえ、急勾配の坂を登ってたどり着く。自然に抱かれたまさに“桃源郷”として目の前に現れたのです。


欧州で得た美意識をもとに、理想の山荘を築いた加賀正太郎氏。

に覆われた山の中腹に忽然と姿を見せるのは、チューダーゴシック様式の洋館。ここは、スイス?これは幻?と思わず叫びたくなるような、完璧なまでのクラシカルな洋館なのですが、この建物はもとは、関西の実業家である加賀正太郎氏の山荘として大正から昭和初期にかけて建てられたのだという。


加賀氏の美意識が溢れるギリシャ様式を彷彿させる回廊。(写真左)こだわりが感じられる2階への階段と梁。(写真右) 


テムズ川の見晴らしをイメージしたテラスからの眺め。


レースカーテン越しに細やかな日差しが溢れる、アンティークなソファに腰掛けて。その昔、この空間で多くの人々がもてなされたという。

学在学中の明治43年に、加賀氏は欧州を周遊し、この旅で多くのインスピレーションを得ました。もともと登山が趣味だったため、スイスではユングフラウに日本人として初登頂を成し遂げます。また、イギリスではウィンザー城を訪れ、その際に眺めたテムズ川の記憶をもとに、木津・宇治・桂の三川が合流する眺めを抱く大山崎の地に山荘を建てることを着想。王立植物園キューガーデンでは、洋蘭の栽培に感銘を受け、のちに山荘での洋蘭栽培に燃えたそうです。

加賀氏にもともと備わっていた美意識のアンテナに、欧州の多くの知恵や芸術が降り注ぎ、氏の美意識の宇宙に化学反応を起こしたその錬金術的結晶が、大山崎の山荘として現れたのです。

加賀氏との交流のあったのが、アサヒビールの初代社長、山本爲三郎氏。言うなれば、加賀氏と山本氏は、戦前に栄えた“大大阪時代”を築いた実業家を代表するお二人。そのご縁が繋がって、1996年、取り壊し・建て替えの計画が提案されていた山荘は京都府とアサヒビールの支援のもとに、守られ、修復され、美術館としてスタートしたそうです。実際尋ねて見て、このような素敵な山荘を残してくださったことに、深く感謝したいと思いました。


アサヒビールの初代社長山本爲三郎氏。加賀氏とも交流があり、民芸の庇護者としても知られる。


山荘の建設中、加賀氏がその様子を見守っていた白い塔。(写真左)まるでモネの庭のような美しい睡蓮のたゆたう池。(写真右)

れた折には、展覧会「谷崎潤一郎文学の着物を見る」が開催されていました。館内には、谷崎文学ゆかりのアンティークな着物が飾られ、谷崎の愛用していた文房具や原稿、衣装なども展示され、真にクラシックな空間の中で谷崎文学の世界に浸る気分は、格別なものがありました。

 
「谷崎潤一郎文学の着物を見る」展での、大正ロマン的着物が並ぶ圧巻の展示。

「痴人の愛」のナオミが着ていたのは、銘仙の着物に紺のカシミヤの袴、黒い靴下に小さな半靴——女学生になりすましたファッションだったそうです。ナオミの破天荒な気質を表すもう一つのスタイルとして、男性用の黒いマントを羽織る姿も、再現されています。

「肉塊」のダンスホールの女性の着物姿は、圧巻です。真っ赤な着物に艶やかな帯をつけて、さらに黄色いクリスタルのロングネックレスを、胸元に大胆に飾りたてるという、パリ・オートクチュールのキモノドレス的な着こなしは、今見ても新鮮で、刺激を受ける着こなしです。

 
「痴人の愛」のナオミの女学生スタイル。短靴:大塚製靴蔵(写真左)「肉塊」のダンスホールの女性の艶やかなスタイル。(写真右)

「細雪」の雪子は、紫の地色に白と水色の花柄が全身に舞う着物に、白地の帯を重ね、日傘をあしらった、上品で神秘的な着物スタイル。まさに大正ロマンの粋を感じさせるファッションです。

「台所太平記」の鈴のスタイルは、赤と白のいなせな着物がモダンであり、帯にあしらわれた花の模様がなんとも風情があります。いまの私たちのファッションの感覚にも通じる、モダンな配色とグラフィックのセンスに驚かされます。


「細雪」の雪子の清楚な着物スタイル。(写真左)「台所太平記」の鈴の、モダンな着物スタイル。(写真右)

正期から昭和初期は、日本が経済的にも芸術的に極めて活性化した時期であり、そこから多くの輝かしい才能を輩出したエポックメイキングな時代。アサヒビール大山崎山荘美術館にて、谷崎潤一郎文学とその文学に登場した多くの魅力的な女性たちの着物スタイルに触れて、そうした時代の勢いとエネルギー、多くの才能と芸術的センスの交流を肌で感じることができました。タイムトリップであり、また、新たなインスピレーションを得ることもできる、素敵なアートトリップのひと時。敷地内には、安藤忠雄氏が設計した「夢の箱」「地中の宝石箱」という新しいギャラリーもあり、そこでも展示が楽しめます。本展は12月2日まで開催しているので、ぜひとも足をお運びください。次回は、「澤乃井櫛かんざし美術館蔵 櫛かんざしとおしゃれ展」が、12月15日から始まります。

 

 

■「谷崎潤一郎文学の着物を見る」

会期:2018年9月15日(土)~2018年12月2日(日)
※休館日:月曜日 (11月19日(月)、26日(月)は開館)
場所:アサヒビール大山崎山荘美術館
京都府乙訓郡大山崎町大山崎銭原5-3 075-957-3123(総合案内)
会館時間:10:00〜17:00 ※最終入館は16:30まで
入館料:一般900円、高大生500円、中学生以下無料

https://www.asahibeer-oyamazaki.com/

 

<プロフィール>

生駒芳子(いこま よしこ) 

VOGUE、ELLEを経て、マリ・クレール日本版の編集長を務める。2008年に独立し、ファッションからアート、デザイン、伝統工芸、エシカル、クール・ジャパン、社会貢献、女性のエンパワメントまで、幅広く執筆・編集・企画・プロデュースを手がける。2010年より、日本の伝統工芸を世界発進するプロジェクト「工芸ルネッサンスWAO」の総合プロデューサーを務め、パリ、ニューヨーク、東京で、ファッションやデザイン、アートを切り口としたキュレーションで伝統工芸世界を紹介。2017年、伝統工芸をベースに置いたラグジュアリーでクリエイティブなオリジナルブランド「HIRUME」を立ち上げ、2018年より本格発信をスタート。

 

「谷崎潤一郎文学の着物を見る」展 着物監修:大野らふ 着物写真 協力:河出書房新社 撮影:大塚愛