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第5回《前編》:「ローカル・ガストロノミー」が 日本の地方を活性化する

2018.01.22
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のコラムの第一回でも使わせてもらったが、「ローカル・ガストロノミー」とは、まだまだ聞き慣れない言葉だと思う。辞書はもちろん、今のところグーグル検索しても、ほとんど出てこない。というのも、この言葉は、『自遊人』が最近つくった造語だからである。ローカルは地方。ガストロノミーは、美食学とか美食術とかの意味であるが、『自遊人』の編集長、岩佐十良(いわさとおる)さんは、「美食の街」あるいは「地方の食文化」という意味を、この言葉に込めているので、私もそうした文脈で使うようにしている。

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岩佐十良さんは、雑誌『自遊人』編集長と『里山十帖』のオーナーを兼務。新潟からローカル・ガストロノミーを発信する。

 その地域の食や食文化で魅力を発揮し、輝いているちいさな街の例は、世界に沢山ある。前にもご紹介したイタリアのパルマやアルバ、あるいはトスカーナ……。イタリアの人は時おり、自国の地方の食を表現するのに、「カンパニリズモ」という表現を使うが、“街の教会の鐘の音が届く範囲の中に、それぞれの地域の味がある”というような意味合いであるが、鐘の音で表現するあたりがイタリア人らしいところだろうか。もっとも、裏を返せば、イタリアでは鐘の数だけ美食のマイクロ化が進化しているということでもあり、実際に世界から多くの観光客が、そうした地域の味を愉しみに、ピンポイントでイタリアの街を訪れている。
 さて、翻って日本のローカル・ガストロノミーはどうだろう?岩佐さんも『自遊人』で指摘するように、日本にほんとうの意味の「美食の街」はまだない。かつて京都がそれに近い存在だったが、昨今の外国人観光客の影響もあり、そうとも言えない状況だ。スペインのサンセバスチャンなどと比べても、美食の街とはほど遠い。実際に、最新の「アジアベストレストラン50」にも、京都からは一店舗も入っていない。このアワードはアジア中の400名近い専門家や美食家の投票で決まる人気ランキングでもある。彼らは京都に対して、少なくとも美食では評価していないという結果なのである。

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南魚沼の古い旅館をリニューアルさせた『里山十帖』の外観。2014年には通産省のグッドデザイン賞にも輝いた。

 方、いま日本の地域の人たちが、「食こそ観光誘致のキーコンテンツ」になると、ようやく気がつきはじめた。食や食文化をテーマにした街おこしが、にわかに盛んである。「おらが地域のバスク化計画」のような話も、あちこちで耳にする。しかし、付け焼き刃では観光誘致に結びつくまでの「美食の街」にはならないと岩佐さんは考える。日本の多くの地域には、それぞれ固有の食文化や魅力ある食材もあるが、まず地域の人たちが、その相対的な魅力に気がつき、第一次産業と観光を結びつけ、さらには地域の雇用まで活性化させなければならない。それには、地域が戦略的にプロモーション活動を展開する必要もあり、フラッグシップとなるレストランや宿の存在もかかせない。

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『里山十帖』の露天風呂からは新潟の山々が一望できる。いま発売されている雑誌『クレア』2.3月号の表紙にもなっている。

 実は、岩佐さんは『自遊人』という雑誌の編集部を、東京から新潟県の南魚沼市にまるごと移転し、2014年には南魚沼の歴史ある温泉宿を再生し、『里山十帖』という新たな宿をつくりあげた。この『里山十帖』は、施設の取り組みそのものがグッドデザイン賞を受賞していて、今では予約困難な温泉としても人気が高い。しかし、岩佐さんは『里山十帖』を従来の温泉宿ではなく、それこそ「ローカル・ガストロノミー」の拠点としてのメディアと考えている。

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新潟県は茄子の作付け面積が日本一。稀少種など、おいしい茄子がたくさんある。『里山十帖』の名物料理になる。

 「ひと粒がメディア」という岩佐さんは、宿でだす食材の、ほぼ全てを地元の新潟産にこだわり、ここでしか味わえない味を提供する。例えば、新潟県は、茄子の作付け面積が日本一で、多種多様な茄子が採れるのだが、珍しい品種ほど県外に流通することなく、茄子の価値を地元の人ですら知らずにいる。岩佐さんは、そうした茄子を『里山十帖』の夏の料理の目玉にしているが、「茄子ひとつがキーコンテンツになる」という、その想像力こそが「ローカル・ガストロノミー」の重要なポイントなのである。
後編では、その具体的な戦略について続けたいとおもう。

 

<プロフィール>

中村 孝則(なかむら たかのり)

コラムニスト。1964年神奈川県葉山町生まれ。ファッションからカルチャー、旅やホテル、ガストロノミーからワイン&シガーまで、ラグジュアリー・ライフをテーマに、執筆活動を行っている。また最近は、テレビ番組の企画や出演、トークイベントや講演活動も積極的に展開している。現在、「世界ベストレストラン50」日本評議委員長も務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。