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中村孝則 コラム第5回《後編》:「ローカル・ガストロノミー」が 日本の地方を活性化する

2018.02.05
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『里山十帖』では、春先から初夏にかけて宿の周の山野で自生する山菜などを、多彩な調理方法で提供する。タイミングが合えば、シェフと一緒に摘み取りに行くことも。それはここでしか味わえない体感である。

 号でもお伝えしたが、『里山十帖』の岩佐十良さんは、新潟県を美食のエリアとして、国内外にアピールする活動を行なっている。それを観光の誘致につなげよういうわけである。これは、インバウンドを進める日本にとって、注目すべき実験の場でもある。
 というのも新潟県は、大自然や水や食材、あるいは日本酒をはじめとした発酵伝統文化の拠点でありながら、それを目当てに訪れる観光客が、不当なほど少ないからである。岩佐さんによると、新潟県は日本の米どころというだけでなく、茄子や枝豆の作付け面積が、都道府県別で日本一を誇っている。日本酒の蔵元も90以上を誇り、清酒製成数量は兵庫、京都に続き第3位。成人一人あたりの年間の日本酒消費量は13.3ℓと、他県を大きく引き離し第1位だ。観光の目的の筆頭の動機付けが「おいしいもの」になりつつある現在、新潟県は大きなポテンシャルを持った県であることは間違いない。
 にもかかわらず平成28年度度の都道府県別外国人延べ宿泊者数は約27万人弱と、全国27位に甘んじている。全国都道府県魅力度ランキングは35位。外国人が興味を持っている都道府県別ランキングは37位。旅館の宿泊稼働率に至っては、平成28年度で24%。都道府県別で46位に甘んじている。東京から新幹線に乗って数時間でいける地理的な優位性にもかかわらず、この数字はあまりにも残念ではあるまいか。逆に言えば、今の新潟県の課題と状況を分析することで、ローカル・ガストロノミーの戦略も見えて来ると、岩佐さんは指摘する。

 

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三条市にある『Restaurant UOZEN』のオーナーシェフ井上和洋さんは、自らハンティングしたり採ったりした地元の食材を中心に、ローカル・ガストロノミーのお手本のような料理とサービスを提供する。

 ずは、旅館を含めた宿泊施設の魅力の掘り下げが急務だと岩佐さんは指摘する。東京から距離が近いと言うメリットは、裏を返せば新幹線で日帰りできる危うさをはらんでいる。宿に泊まられるためには、そこでしか食べれない夕食の改革が急務だとも。いわゆる旅館料理は、全国どこでも食べられる。新潟らしいガストロノミーの提案は、日帰りさせないための必須条件でもあろう。ちなみに『里山十帖』は、いわゆる“旅館料理”とは一線を画している。春先であれば宿の周辺の里山の、山野草がずらりと揃う。これら野生の植物は、流通に不向きなので宿に泊まらねば食すことができない。地元の人々は日常の食材ゆえ「それで高額を取るのか?」と驚くそうだが、都会の人にとって山野草ほどのご馳走はないのだ。

 

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後述の『懐石 秀石菴』では、地元でしか味わえない食材をふんだんに使う。秋から春先にかけては、信濃川の支流で採れた野生のモクズガニが供される。臭みもない濃厚な旨味に、美食家たちも驚くはずだ。

  そう言う意味では、「ご馳走」に対する、地方と都会のイメージギャップこそ問題であるが、それを知らしめるメディアが少ないのも課題の一つである。有効なの手段の一つに、客観的なガイドブックやリストを誘致する方法もあるだろう。北陸エリアがミシュランやゴエミヨを誘致するのは、その好例だろうが、残念なことに、新潟はそのエリアから外れている。かつてのデンマークのnomaやスペインのエルブリなど、フラッグシップとなるレストランでもあれば話は違ってくるのかもしれないが、食べログのランキングでも、新潟県のお店は100位以内に一件もない。ちなみに新潟県でもっとも食べログの点数が高いのはラーメン店なのである。それはそれで凄いことなのだが、新潟県にも、傑出した素晴らしレストランは少なからずあるのだ。それを伝える手段と戦略と熱意が、足りないだけと僕は思えてならない。ちなみに『里山十帖』以外に、僕が超推薦する二つのレストランを挙げて締めくくろうと思う。一つは、三条市にあるフレンチの『Restaurant UOZEN』 。オーナーシェフの井上和洋さんが自ら狩猟するジビエなど、この店でしか食せない洗練された料理は特筆に値する。

 

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捕り方、締め方からこだわった野生のイノシシが極上の肉料理に。内臓まで美味しく調理する。

 室温泉の『懐石 秀石菴』は、目白の名店『和幸』で修行した兄弟が切り盛りし、珠玉の懐石料理を提供する。残念ながら今のところ、世界の美食家たちもノーマークで、新潟県内の人たちにもほとんど知られてれていない。しかし、近い将来きっと予約の取りにくい店になるに違いない。いや、逆に言えば、こういったレストランを国内外にアピールできて初めて、新潟県は美食で観光を誘致できるのだと思う。

 

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『懐石 秀石菴』は岩室温泉に18年前に開店した。名人と謳われた目白『和幸』の故・高橋一郎さんの元で修行した小林信太郎さん(右)と、阿部竜太さん(左)のご兄弟の二人が、洗練された料理でもてなす。

 が新潟県を、観光戦略における「ローカル・ガストロノミー」の試金石と指摘するのは、以上の理由においてである。よかったら、是非ともご自身で新潟に出向いて体験してほしいと願っている。

 

<プロフィール>

中村 孝則(なかむら たかのり)

コラムニスト。1964年神奈川県葉山町生まれ。ファッションからカルチャー、旅やホテル、ガストロノミーからワイン&シガーまで、ラグジュアリー・ライフをテーマに、執筆活動を行っている。また最近は、テレビ番組の企画や出演、トークイベントや講演活動も積極的に展開している。現在、「世界ベストレストラン50」日本評議委員長も務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。