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第13回:根津美術館の庭の四季を表現した庭園写真集『青山緑水』の魅力

2018.11.27
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例年4月下旬満開になる、弘仁亭のカキツバタの様子。開花に合わせて国宝「燕子花図屏風」(尾形光琳筆)が展示されるが、庭園と作品を調和させるのは、この美術館ならではの魅力。

先ごろ、東京・青山の根津美術館から、庭園をテーマとした写真集『青山緑水』が、上梓された。これは根津美術館による編集で、オフィシャルの図録として館内のみで発売がはじまった。おそらく、メディアでご紹介するのは、このPREMIUM JAPAN が初となるだろう。庭園専門の施設以外の美術館が、庭園の図録を発刊するのは、極めて稀なことであろう。筆者としても、ここで紹介できるのを誇らしく思う。

書は、ハンドバッグにも収まる横長の携行版を装いながら、60点以上の撮り下ろしの写真で構成され、際立った編集力と撮影力を備えている。従来の庭園の写真集と言えば、作庭の鑑賞や学術的な要素、あるいはガイド的な目的のものが主であるが、この本は“庭園”を美術館の構成する重要な作品群として捉えていることと同時に、庭園写真集として高いクオリティを誇っているところが特筆に値する。この本の制作に携わった根津美術館の村岡香代子氏学芸部広報課主任によると「庭園はこの美術館にとって、第7番目の展示室であり、収蔵作品と建築と並び、美術館の重要な構成要素の一つ」と語る。

庭園を背景にしたガンダーラや中国の仏像の展示のパノラマも壮観。

津美術館は、明治から昭和の日本を代表する実業家、初代根津嘉一郎(1860~1940)の遺志により、その長男である二代嘉一郎(1913~2002)が、1941年に私邸内に開館した。もともと江戸時代の大名屋敷だった今の地を、自邸として1906年に入手すると、起伏に富んだ渓谷丘陵を天然の山水の趣を残して造園し、1945年5月の空襲で大きな被害を受けたあとも、二代嘉一郎、そして現館長の根津公一氏(1950〜)によって、トータル100年の歳月を要して今の姿に至っている。

「庭園というのは、歳月そして四季によって常に変化する“生きる作品”であり、日本人が大切にしてきたそうした自然のありようと美術品との調和を、根津美術館では大切にしている」と村岡氏が語るように、庭園を楽しみに訪れる来館者は、年々増え続けているという。この写真集は、それにちなむ和歌も楽しめるそうした来館者にとって、四季を代表する所蔵作品と、この庭の魅力を再発見する絶好の指南書とも言えるのだろう。

17,000㎡の敷地の庭内には、池を中心に4つの茶室と、その露地として作庭が施されている。“根津美術館八景”と呼ばれる名所があり、山や滝や池、100を超える灯篭や石仏、変化に富んだ敷石や垣根の数々、初夏はカキツバタに秋は紅葉、多くの野鳥や昆虫が飛来し、野趣と茶味とが渾然一体になった、まさしく“自然の芸術”が宿っている。この写真集は、その魅力を遺憾なく伝えるのである。

鏡のように澄み切った水面に映し込まれる木々の美しさも見所。(写真左)庭園には多くの野鳥が飛来する。こちらは「吹上の井筒」に佇む鴨を捉えた一瞬。(写真右)

者がさらに伝えたいのは、収められた庭の写真そのものの凄味である。収められた60点以上の写真は、すべて写真家の堀裕二氏が、約4年の歳月を擁して撮り下ろしたものであるが、随所に様々な工夫や革新的なテクニックが用いられている。まず、写真をよくご覧いただきたい。プロならピンと来るだろうが、これらの写真の大きな特徴は、画面の手前から奥行きの全てにピントが合っていることだ。プロ用語で、「被写界深度が深い」ということになるが、一般にこうした写真を取るためには、シャッター・スピードが遅いため、草木が動かない無風の時が条件になると堀氏は言う。加えて、木陰などの暗い部分を写し込むには、雨後などの曇天に限られ、撮影チャンスが極めて限られたという。しかも、四季折々という要素が加わっているのである。


小高い丘の上から望む、目の覚めるような紅葉。


ここが東京のど真ん中かと疑いたくなるような雪景色。深山幽谷とはこのことか。


初夏の藤棚からの、香気と玲瓏な空気が庭園を包み込む。

の意味で、これらの写真は絵画的なアプローチで光を捉えてるとも思うが、筆者はジョルジュ・スーラなどの、印象派の点描画などにも引き移すのである。例えば、カキツバタの写真をご覧いただきたい。堀氏によると、これは一枚の写真ではなく、30以上の写真を構成して、ジグソーパズルのように一つの作品に仕上げているという。それぞれのパーツの最良の光を積み重ねることで、全体の光のハーモニーを完成させているのだ。それを一つの作品として、自然なありようとして昇華しているところが非凡なのである。ちなみに、ジョルジュ・スーラの代表作の『グランド・ジャット島の日曜日の午後』でさえ、2年の歳月を要したというから、この撮影が、トータル4年に及んだというのも納得がいくだろう。「もちろん、その陰には「学芸員や、長年にわたりこの庭を管理している庭師たちとの、緻密な連携があってのこと」と堀氏はいう。

嘉一郎は「人もまた自然の一員として共生できるように」と、作庭にその精神を込めたというが、自然のあるがままのように寄り添い、時に計算尽くでその自然を表現する、という意味において非凡な「作品集」に仕上がっている。

この写真集を片手に改めて庭を散策すると、今までと違った根津美術館の魅力に出会うことになるだろう。

 

■ 写真集


『青山緑水—根津美術館の四季』
発行:根津美術館 写真 堀裕二
定価:1,000円(税込)
※館内のみの限定販売

根津美術館
住所:東京都港区南青山6-5-1
TEL :03-3400-2536

http://www.nezu-muse.or.jp/sp/

 

<プロフィール>

中村 孝則(なかむら たかのり)

コラムニスト。1964年神奈川県葉山町生まれ。ファッションからカルチャー、旅やホテル、ガストロノミーからワイン&シガーまで、ラグジュアリー・ライフをテーマに、執筆活動を行っている。また最近は、テレビ番組の企画や出演、トークイベントや講演活動も積極的に展開している。現在、「世界ベストレストラン50」日本評議委員長も務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。