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「GohGan 大分」は、いかにして 食で地域をイノベーションしたのか?≪後編≫

2019.02.12
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昨年開催された、「GohGan 大分」のいきさつについては、前編で触れているので、今回はその時の料理を解説しながら、出来上がるまでのプロセスや味わいどころなどを紐解こうと思う。

この「GohGan 大分」は15種類のコース料理として構成されていた。本当は、すべの料理をご紹介したいのだが、スペースに限りがあるので私の独断で4種の料理をチョイスした。豊後料理とは大分に伝わる郷土料理を地元食材を活かしながら、料理人の発想やスキルでアレンジした新たなおもてなし料理である。そこで彼らが、どのようなイマジネーションや技術を経て豊後料理へとイノベーションしたのか、そのあたりのプロセスも追いながら、私なりの料理評論という体裁で解説していこうと思う。

ず最初にご紹介するのは、コースの7番目に供された鳥の料理である。ご覧のように木の器の上にはキャベツが丸く切り取られ、その上に配されているのは豊後大野の「豊のしゃも」の天ぷらである。すでにお気づきのように、これは大分の名物である「とり天」にインスパイアされたものである。いわばGohGan流の「とり天」だ。だだし「豊のしゃも」は事前にチリでマリネされて下味がつけられている。クリーム状のソースの他にわさびや柿のチャツネも添えられて、口腔内で複雑フレーバが広がるように仕立てられている。

そもそも「とり天」は、代表的な大分の郷土料理一つであるが、彼らの手にかかるとこんな楽しげな料理になるという好例だろう。これをタコスの要領で手で巻いて、豪快に食すスタイルだが、もともとインドのストリート・フードにアイデンティティを求めるガガンらしい料理とも言えそうだ。「とり天」は、大分の学生たちの放課後のおやつとしても日常的に楽しまれているそうだから、こんな「とり天タコス」のスタンドなんてあったら楽しかろうと思うのは私だけでないはずだ。

続いてご紹介するのは、コース4皿目の料理である。ガラスの器に盛られた、なんとも涼しげな前菜であるが、中央の赤い食材はほうじ茶と塩で漬け(マリネ)した大分・佐賀関の「関ぶり」である。マリネした後に、ほうじ茶で軽く燻製にしている。ブリの下の黄色っぽいのはカボスで漬けられたリンゴ。ブリにはほうじ茶のパウダーがふりかけられ、全体に大根とカボスのシャーベットが盛られている。すべて大分の食材で構成されているが、こちらも大分の代表的なメニュー、「りゅうきゅう」の新解釈である。典型的な「りゅうきゅう」のレシピは、大分であがる季節の魚(アジやサバやブリなど)を醤油やみりん、ゴマなどの合わせダレに漬け込み、ネギやわさびや生姜などの薬味で食すもの。「りゅうきゅう」の語源については、琉球の漁師から伝わったとか、胡麻和えの別称である「利休和え」から転化したなど諸説あるが、今では代表的な郷土料理の一つになっている。いわゆる和食の範疇と思われているヅケの調理法も、こんな自由な発想を持ち込むところが面白い。

 

次の料理は、「おおいた和牛」を使ったタルタルである。皿代わりにしているのは、大分県内の渋柿の葉があしらわれている。タルタルの材料は、「おおいた和牛」のほかに大分名物の椎茸や、ニラや味噌で構成され複雑な味わいを導いていた。オレンジ色の食材は、2日間温泉に浸した渋柿で、さらに24時間かけて地獄蒸しされている。地獄蒸しとは、大分の温泉の蒸気を利用した調理法で、古くから湯治客の自炊に用いられている。地獄蒸しは、肉でも魚介でも野菜でも、あらゆる食材を美味しく料理できる天然の調理法だが、不思議なことに渋柿は地獄蒸しをすることで甘くなるという。実は、今回食材調達を担当した「食ラボ大分」の梯哲哉さんがオーナーシェフを務める、鉄輪温泉内のイタリアン、「オット・エ・セッテ オオイタ」では地獄蒸しを調理法として活用しているが、この渋柿は梯さんのアイデアが元になっている。大分ならではの調理法、地獄蒸しのポテンシャルを垣間見た料理となっている。

後にご紹介するのは、6番目のキャロット・スープである。ガガンによると、彼の母国のインドの南部の名物料理のキャロット・ラッサム・スープのレシピがベースになっている。ただしスープのメインの材料は、大分の伝統野菜「宗麟かぼちゃ」である。具の部分は、三色で構成され黄色はニンジンで白い部分はカブ、緑の部分はほうれん草が素材だ。この配色に見覚えはないだろうか?実はインド国旗を模しているのだ。インド国旗の中央にはアショーカ・チャクラと呼ばれる法輪を配しているが、そのかわりにエディブルフラワーが添えられているのが憎い。ガガンはさりげなく日本とインドの友好を表現している。

友好といえば、この料理のキモは材料の「宗麟かぼちゃ」にある。かぼちゃの日本への渡来は諸説あるものの、天文年間(1532年-1555年)に、ポルトガル船によって豊後国(大分)にもたらされ、大友宗麟に献上されたのが起源というのが定説になっている。以来、「宗麟かぼちゃ」として大分では今なお栽培され続けている。大友宗麟はキリシタン大名として知られるが、宗麟はザビエルを歓迎して府内(大分市中心部)にキリスト教の布教を許可する。ザビエルは府内に滞在したのちインドのゴアに戻るが、その時に宗麟がポルトガル国王に宛てた親書も携えていたと伝わる。ザビエルの遺体は、インドのゴアに埋葬されているが、豊後とインドはザビエルという共通項で結ばれていたのである。この料理はガガンが母国インドと豊後を結ぶ歴史物語のオマージュでもあったと私は読み解くのである。

これらの4種類の料理を紐解くだけでも、今回の彼らの料理の味わいどころの片鱗がわかってもらえたと思う。料理で地方の魅力を表現するためには、珍しい食材を探ることも最新の調理法を駆使することも必要だが、イノベーションを起こすためには、その地に紡がれる物語を深く紐解き、料理を通じて新たな物語に仕立て直すことが肝心だと、改めて思う。そうでなければ五感を超えて人の心を動かすのは難しいのだろう。今回は、その大きなヒントになったのではないだろうか。

前編はコチラから

 

<プロフィール>

中村 孝則(なかむら たかのり)

コラムニスト。1964年神奈川県葉山町生まれ。ファッションからカルチャー、旅やホテル、ガストロノミーからワイン&シガーまで、ラグジュアリー・ライフをテーマに、執筆活動を行っている。また最近は、テレビ番組の企画や出演、トークイベントや講演活動も積極的に展開している。現在、「世界ベストレストラン50」日本評議委員長も務める。剣道教士7段。大日本茶道学会茶道教授。