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《第1話》小山薫堂氏(放送作家)× 齋藤峰明(エグゼクティブ・キュレーター)

2018.05.18
斎藤さん×小山さん01

 

プレミアムジャパン エグゼクティブ・キュレーターの齋藤峰明が、各界の識者と「プレミアム」について語り合う対談連載。今回は、放送作家、脚本家、料亭主人、大学教授など、多彩な顔を持つ小山薫堂さんをお迎えしました。

 

想の職業は、影の存在に光を当てる天使

 

齋藤峰明(以下、齋藤)
小山さんに初めてお会いしたのは、2012年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、日本政府と民間団体が共催した「JAPAN NIGHT2012」のプロデュースをご担当された前後でしたね。

小山薫堂(以下、小山)
そうでしたね、確か、パリでした。

齋藤
放送作家、脚本家、料亭の経営者など、小山さんの活躍は多岐に亘っているから、正直すべては把握しきれていません(笑)。とはいえそれらに対して、少し昔の風習や伝統、モノなどを今一度見直すという共通の視点をお持ちなのではないかと、感じています。

小山
これまで齋藤さんとの対談に登場された方々と比べると、僕の軽い感じが申し訳ないように思います。

実は、自分の中では、日本文化への多大な傾倒があったからこうなった……というわけではないんです。僕の原点は、「誰かを喜ばせる」こと。それに生きがいや幸福感を感じるのです。感謝とか褒められることを求めているのでも、ありません。こういうといつも笑われるのですが、理想の職業は、天使なんですよ。

齋藤さん×小山さん02

齋藤
それは意外な(笑)。

小山
自分が、1枚の葉っぱを落とす。それを拾った人がそこから何かに気づき、人生が拓けていく。それを遠くから見ていて、「ああ、あの人、幸せになった」と。そういう感じが、昔から好きだったんですね。

例えば、1993年からスタートした『料理の鉄人』は、レストランではなく料理人にスポットを当てたことで料理界の活性化に繋がったことが、すごく嬉しかったんです。

齋藤
『料理の鉄人』はすばらしい番組でした。僕はフランスに帰るといつも家族で『トップ・シェフ』を毎週のように観ていますが、これは、『鉄人』の影響で生まれた番組。欧米に対しても、大きな影響を与えましたね。

小山
メディアの仕事って、何だろう? そう考えた時に僕は、「スポットライトを当てること」だと思ったんです。「誰かにスポットを当てる」「喜ばれる」「それが幸せ」。このローテーションでずっと、仕事をしてきました。

齋藤
それが小山さんの根源にいつもあるんですね。

小山
『料理の鉄人』後の1999年に、美容師が対決する番組『シザーズリーグ』を企画しました。ウチは実家で母が美容室をやってたんです。子どもの頃はいつも、美容師さんたちの姿を見てました。営業後はいつも、シャンプーやパーマの練習。パーマの時はロットを巻く時に使う紙を1枚ずつ剥がして洗濯して、伸ばして乾かして。端で見ててもすごく大変で。素晴らしい仕事なのに、理解されていない。そんな彼らに光を当てたいと考えたわけです。

 

れて気づかぬ幸せにもスポットライトを

 

齋藤
では、くまモンはどういう経緯で誕生したのですか?

小山
あれは、2011年の九州新幹線全線開通に向け、熊本県から観光キャンペーンを提案して欲しいという依頼を受けたんです。2009年に映画『おくりびと』がアメリカ・アカデミー賞外国語映画賞を受賞したおかげで、色々なお話が舞い込むようになりました。自分自身は変わっていないのに、周囲が一気に変わったことにすごく腹が立って(笑)、ほとんどお断りしてたんです。でも、熊本だけはやっぱり故郷だったので、お受けしました。

齋藤
行政の方々は、そういったタイトルに大変弱いですから(笑)。

小山
その企画を考える中で、「そもそも観光って何だろう?」「観光ってどうしても必要なのかな」という疑問に行き着いたんです。

僕は天草に生まれて、高校は熊本市内で寮生活をしていました。大人になって帰郷して、歯を磨いた時に、「あれ、こんなに水って甘かったかな?」と思ったんですよ。その時にね、住んでいると気づかないけれど、ソトから来ると分かる、ビックリするようなことがどの土地にもあるんだと分かったんです。

齋藤
離れてみると分かること、知らない人だからこそ発見できるものがあると。

小山
この地に暮らしているからこそ得られる幸せが一杯あるんだよ、と。ソトの目線でサプライズを探し、それをまず自分たちが楽しみ、幸せを感じましょうという主旨を立てました。このキャンペーンは、「くまもとサプライズ」と名付けたんです。くまモンは、ビックリ顔をしているでしょう? 地元の人もビックリするような魅力や面白さを発見して驚いている。そして実はそれが観光客にとっても魅力になるんだよ、と言いたかったのです。

齋藤
なるほど、そういった意味でしたか。

齋藤さん×小山さん03

小山
自分の町や地方を発見する面白さに気づいた後、ふと「これは日本自体にも当てはまるな」と考えました。「JAPAN NIGHT2012」をプロデュースした時に改めて分かったんですが、パーティの際はどの国のブースよりも日本に人が殺到するんですよ。理由は極めて、単純。とにかく食べ物がおいしいから。演出以上に、おいしさが人を惹きつけたのです。

齋藤
おいしいものを前にすると、言葉は不要ですよね。

小山
映画に携わってみて、言語の違いによる限界を感じていました。評価はされても、メジャーヒットにはつながらないなと。でも、日本食は違う。今後、日本人として世界に出ていく一番の武器は「食」だと。

齋藤
小山さんが京都の料亭である『下鴨茶寮』のオーナーになられたのも、その頃でしたか?

小山
はい、丁度その頃にお話をいただきました。「食」というテーマのベースにはもちろん『料理の鉄人』がありましたが、もっと「食」を掘り下げようと最終的に背中を押されたきっかけは、この「JAPAN NIGHT2012」でした。

「食」に関わる仕事を続けるうちに、足元の幸せに気づき、日本という国が持つ財産に気づいた。その流れで料亭を買ってみれば、当然、お茶のお付き合いが出てくる。では茶道も勉強しなくちゃ……となると、お茶の世界の素晴らしさ、面白さに気づくわけです。お茶という、「誰でもできる」行為を、「道」にして、それを文化・芸術にまで昇華し、何百年にも亘って続けている。その日本人の考え方がすごいなと思いまして、今「湯道(ゆどう)」をやっているという(笑)。

齋藤
は? 「湯道」って、何ですか? お風呂の?

小山
はい(笑)。まさに。

 

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第3話

 

 

<プロフィール>


小山薫堂

放送作家。脚本家。1964年6月23日熊本県天草市生まれ。
日本大学芸術学部放送学科在籍中に放送作家としての活動を開始。「料理の鉄人」「カノッサの屈辱」など斬新なテレビ番組を数多く企画。2008年、初の映画脚本「おくりびと」で第32回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、第81回米アカデミー賞外国語部門賞を獲得した。作詞に、「ふるさと」(第80回NHK全国学校音楽コンクール小学校の部課題曲)など。

執筆活動の他、熊本県地域プロジェクトアドバイザー、下鴨茶寮主人、京都館館長などを務める。「くまモン」の生みの親でもある。

 

構成/木原美芽、写真/山村隆彦