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《第1話》森田真生さん(独立研究者)× 齋藤峰明(エグゼクティブ・キュレーター)

2018.11.21
第1回トップ_1422

初の単著『数学する身体』で、いきなり第15回小林秀雄賞を受賞して話題となった、独立研究者の森田 真生(まさお)さん。数学をテーマに、著作・講演活動を行なう傍ら、現代版「寺子屋」ならぬ”数学道場”やライブ活動を行なうなど、京都を拠点に精力的に知的活動を展開する森田さんを訪ねてお話しを伺いました。全3話で森田さんの魅力に迫ります。

ヨーロッパ流の数学と日本発の数学

齋藤:
森田さんとお会いしたのは2年前、森田さんの著書に感銘を受けて講演に行ったのが最初です。今日は日本発の数学についてお聞きしたいと思います。まず数学という言葉が日本語なのかということですが。

森田:
今数学と呼んでいるのは明治時代に日本に入ってきたもので、主に近代のヨーロッパで形成されたものです。日本には和算がありましたが、1872年に学制が布かれて一気に駆逐されて洋算が入ってきた。このとき入ってきた数学は、古代ギリシア以来の哲学やキリスト教の影響のもとでかたちづくられたもので、和算とは大きく違うものでした。

齋藤:
だって和算って算数ですよね。

森田:
和算は和算で奥深い世界ですが、哲学や宗教と結びついているヨーロッパの数学とは性格が違います。ヨーロッパの近代数学の礎を築いたのはデカルトですが、このとき数学は哲学と不可分でした。そもそもマスマティクスという言葉には、はじめから知っていることをあらためて知るという意味が潜在しています。単に数を研究するだけが数学ではないのです。

それで日本発という話ですが。日本の歴史を遡りながら、そこに近代的な「理解」とは違うわかり方を見出したのが岡潔という数学者でした。彼は芭蕉や道元を座右に置いて数学研究に耽った人です。道元禅師の『聞くままにまた心なき 身にしあらは おのれなりけり軒の玉水』という歌がありますが、この歌を岡潔は好んで引用しています。「また心」とは、自分の心を意識しているもう一つの心です。道元禅師が坐禅を組んでいる。外では雨が降っている。最初は「雨が降っているな」という心があったのが、次第に雨と自分が一つになっていく。ふと我に返った時、自分はさっきまで雨だったと気づく。わかるとは本来こういうことなのだというのです。

雨になることで、雨がわかる。知るために、自分が丸ごと変容していく。呼吸や姿勢を重視する仏教や、礼を重視する儒教などに共通している発想だと思いますが、知ることより前に、どうあるか、どう生きるか、という問題がある。ノウイング(knowing)に先立って、ビーイング(being)を変えていこうとするわけです。ところが、近代の科学は、知ることを、生き方や、その人の在り方と切り離していく。真理は不変で、探求する人の在り方くらいでは変わらないと考える」

齋藤:
西洋では神の視点で自分たちが規定していくけれど、日本人はビーイングがその世界の中に入っていると。

近代ヨーロッパの価値観の限界

森田:
個人が主体的に変化を起こすことを高く評価するのも近代ヨーロッパに固有な発想ですよね。他方で、主体的な変革よりも、季節の移り変わりのように、音もせずにいたるところで少しずつ起こる変化を重視する考え方が古代中国や日本にはありました。個人が責任を持って自由に行動して変化を起こしていくことは、現代でこそ高く評価されますが、無為こそ賢人の振舞いとされた世界ではかえって浅はかとされます。変化やイノベーションばかりを求めるだけが正義ではないのです。これまでの発想のしがらみから自由になるには、西洋の言語の外に出ることも有効な手段です。

齋藤:
数学は知ることだと言われたけど、日本発の数学を西洋人に理解させようとしたら、西洋の言葉にしないとわからないですよね。

森田:
面白いのは、岡潔の思想を海外で英語を使って説明しているうちに、僕の理解も格段に深まってきたことです。日本語で紡がれた思考が、日本語でない言葉に揉まれることで、かえって見通しがよくなる。一つの言語に閉じこもらないことによって、数学の見え方が多面的になっていくといいなと思っています。

 

《本対談は全3話を予定しています。第2話に続く》

 

<プロフィール>

森田真生

独立研究者。
1985年、東京都生まれ。東京大学理学部数学科を卒業後、独立。現在は京都に拠点を構え、在野で研究活動を続ける傍ら、全国各地で「数学の演奏会」や「大人のための数学講座」などライブ活動を行なっている。2015年10月にデビュー作「数学する身体」(新潮社)を上梓。

http://choreographlife.jp/

 

 

構成・文/山本真由美、写真/伊藤信(人物)