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《第2話》森田真生さん(独立研究者)× 齋藤峰明(エグゼクティブ・キュレーター)

2018.12.05
第2回トップ_1531

プレミアムジャパン エグゼクティブ・キュレーターの齋藤峰明と、独立研究者の森田真生さんとの対談の第2回。森田さんが主宰する最近の活動「数学の演奏会」の話題へと進みます。

数学の面白さに目覚めて

森田さんはどういう経緯で数学の道に入られたのですか。

森田:
僕は2歳から10歳までシカゴにいたんですが、ジョーダンに憧れてひたすらバスケットをしていて、日本に戻った時もバスケが強い学校に入りました。中学のバスケ部に甲野善紀さんという武術家の先生が体の使い方を教えに来ていて。先生は自分の体を通して人としての生き方を追求していきたいと武術家になった人で、僕はとても影響を受けたんですね。ところが高1の時、バスケでは食べていけないかもしれないと遅ればせながら気づいて、バスケ以外の人生を考えはじめた。そのとき、頭を使うだけでなく、全身を使う学問をやりたいと思ったんです。バスケでは自分の肉体が身体ですけど、社会では組織が身体だと思って、まずは会社をつくろうと思い立ち、大学に入ったあと、シリコンバレーに行きました。そしたらベンチャーキャピタリストの人が、『学問的な動機で会社を立ち上げたいなら、いい人がいる』と、鈴木健さん(現スマートニュース株式会社代表取締役会長)を紹介してくれて。

さんはちょうど会社をつくるところで、話を聞いたらめちゃくちゃ面白いんですね。それで『何でもいいから手伝わせてください』と言って、健さんのかばん持ちをしながら、サルガッソーという会社を一緒に立ち上げたんです。当時のメンバーの多くが、大学で物理や数学の研究をしていて、先輩や健さんから聞く数学の話が面白くて『こんな世界が広がってたのか』と」

齋藤:
鈴木健さんは数学をやっていたんですか。

森田:
物理学科でしたが、数学が好きで数学の話をよくしてくれました。それで興味を持って数学の本を読み始めていた時に、古書店で岡潔の『日本のこころ』を見つけて。岡潔の名前は少し聞いたことがある程度でしたが、読み始めたらどんどん引き込まれて。数学とは何かというような根本的な話をひたすらしているのですが、ここに、僕が求めている学問があると感じました。それから会社をひと月休んで数学に没頭したんです。そして、意を決して健さんに、数学科で数学の勉強を思い切りやりたいという話をしたら『5年やってだめなら考え直そうという甘い気持ちじゃないだろうね』と。図星でしたが(笑)、覚悟を決めて『10年はやります』と言ったら、健さんは『それなら面白い』と言って賛成してくれました。

「数学の演奏会」で数学の魅力を伝える

森田:
岡潔は、数学の中心にあるのは「情緒」だと言っているのですが、数学の勉強は厳しく、はじめはとても情緒を味わう余裕などありませんでした。そんな中、勉強を続けるにも貯金が尽きてきて、起きている時間はあくまで勉強に使いたかったので、それまで寝ていた深夜の時間にアルバイトをしようと決めた。甲野先生とはまだ縁が続いていて、先生にその話をしたら、それは体を壊すと(笑)。先生は全国各地を講演しながら生活されていて、『今度福岡で講演をするから、君もついてきて対談をしよう。何日か夜中働く分にはなるだろう』と言ってくださって。それで先生と福岡に行って、数学で勉強したことをお客さんに向けて話したんです。

普段は数学の勉強を黙々と、苦しみながらしているわけです。でも人前で自分が数学はこんなに面白いんだという話をすると、皆すごく喜んでもらえる。こんなうれしいことはないと感動しました。それから先生と全国を行脚して対談をするようになり、半年程して単独でもやらないかという話になって。その時に『数学の演奏』というコンセプトが生まれ、2010年から『数学の演奏会』という単独の講演を始めたんです。自分が研究したいことを研究して、それを人に伝えるという生き方を続けられるのなら、できるところまでやってみたいと」

齋藤:
僕も森田さんに出会って、自分から一番遠いと思っていた数学が一番興味あるところに近いことを発見できて、うれしかったですよ。


《第1話はコチラから、第3話に続く》

<プロフィール>

森田真生

独立研究者。
1985年、東京都生まれ。東京大学理学部数学科を卒業後、独立。現在は京都に拠点を構え、在野で研究活動を続ける傍ら、全国各地で「数学の演奏会」や「大人のための数学講座」などライブ活動を行なっている。2015年10月にデビュー作「数学する身体」(新潮社)を上梓。

http://choreographlife.jp/

 

構成・文/山本真由美、写真/伊藤信(人物)