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《第1話》金井政明さん(株式会社良品計画代表取締役会長)× 齋藤峰明(エグゼクティブ・キュレーター)

2018.10.12
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プレミアムジャパン エグゼクティブ・キュレーターの齋藤峰明が、各界の識者と「プレミアム」について語り合う対談連載。今回は、無印良品を世界の“MUJI”へと展開し続ける株式会社良品計画代表取締役会長・金井政明さんをお迎えしました。金井さんは今回が初対面。海外で無印良品の素晴らしさを実感していた齋藤が、その魅力の源をお聞きしました。

ャポニズムではない日本ブランド

齋藤峰明(以下、齋藤):
お会いするのは今回が初めてなんですが、実は昔からセゾングループさんとは縁があったんです。

金井政明(以下、金井):
そうでしたか。パリでですか?

齋藤:
エルメスに入社する際、ジャン・ルイ・デュマ会長にパリに駐在されていた西武百貨店の堤邦子さん(セゾングループ代表堤清二氏の妹)に面接に行くように言われて。当初エルメス・ジャポンは、エルメスと西武百貨店との合弁会社として設立されたので、年2回の経営報告もしていましたし、西武百貨店の歴代社長はよく存じ上げています。

金井:
そんな縁があったんですね。

齋藤:
海外にいて、無印良品の素晴らしさもすごく感じていたんです。でもなかなか海外へ進出されなかった。実験店舗など小規模なものはありましたが。2000年頃から海外展開を拡大されてきましたよね。何かお考えがあったのでしょうか?

 

金井:
無印良品の概念の根底には、権威に対する反骨精神や、強いものに対してのアンチテーゼがあるんです。お父さまの死後、セゾングループを引き継いだ代表の堤清二さんには、当時どちらかと言えば下駄ばきで行けるような西武百貨店のある池袋に、新宿の伊勢丹さんや高島屋さんが本気で乗り込こまれたら終わってしまうという危機感があったんですね。ブランドやデザインという概念を取り入れないと負けてしまうという観点から、パリに駐在していた妹の邦子さんを通じてエルメスをはじめとしたブランドを日本に持ち込んだのです。

そうしながらも、やっぱり根底にあるのは、偉大なお父さまを含め権威に対する反骨精神。そんな彼の周りに集まったメンバーのひとりが、無印良品のアドバイザリーボードとなるグラフィックデザイナーの田中一光さん。彼のシンプルというか “単純であるべき”というマイナスの美学、あるいは日本の精神文化といった考えに接し、無印良品という概念が生まれてきたんです。清二さんも一光さんも、無印良品の美の表現が世界で通用するということは、創業時から確信していたんです。 

齋藤:
そうだったんですね。

金井:
ただ当時無印良品を手掛けていたのは、西武百貨店の子会社である西友のそのまた子会社といった存在。ですから、それをグローバルなビジネスとして展開する能力がなかった。現在もまだちゃんとしていないんですが(笑)
2000年頃は一番厳しくて、2003年ぐらいからやっとよちよちと海外へ。その後中国へ進出する時に腹を据えてやろうよとなり、2010年以降は海外展開が伸びてきました。

齋藤:
ヨーロッパでは「MUJI」はとても“日本的なもの”と捉えられています。ですので、海外展開するにあたり“日本的”ということを意識していたのかと思ったのですが、当初から「これは海外で通用する」というグローバルな視点があった。日本的であろうがなかろうが、この無印良品の思想が通用すると。

金井:
そうなんです。その視点をお持ちだったし、確信もあったんですね。
無印良品の中心は生活に役に立つための日用品。ですから「ジャポニズム的な人気で満足したらまずい」ということを、堤さんはずっとおっしゃっていました。実際に田中一光さんはじめ、無印良品の商品作りを担ってきたアドバイザリーボードのメンバーも、日本的な表情を意図して作ってませんし、ジャポニズムを押し出したマーケティングという考えは、1㎜もなかったんです。

*アドバイザリーボードとは、無印良品のブランドコンセプトを維持するために外部のクリエイターで構成された組織。毎月1回、ボードメンバー4人と金井政明・会長以下の幹部社員が一堂に会する「アドバイザリーボードミーティング」を開き、その内容は事業計画に反映されていく。


1983 無印良品 青山 (写真提供:良品計画)

齋藤:
ただ結果として、海外では確実に「MUJIはジャパニーズブランド」という認識になっています。意図せずとも“日本的”だと思われているわけですが、それをどう捉えますか?

金井:
確かに発想は私たち日本人から自然に生み出されたものだし、アドバイザリーボードのメンバーも「日本の精神文化」ということを極めて大切にしてきた方々ですから、ある意味そうなるのは必然だと思います。

は社会に対するアンチテーゼ

齋藤:
無印良品の特徴として、白・黒・生成がベースでカラフルな色がないですよね。色に関しても“引き算”の文化というか、田中一光さんたちが始めた当初からのお考えだったのでしょうか?

金井:
そこがまさに、消費社会に対するアンチテーゼなんです。アドバイザリーボードの方々の中から出てきたのは「人間は欲深い動物。他人と比較して自分の持ち物がイケてるイケてないとか、有名なラグジュアリーブランドを持っている持っていないということが気になり、欲求が止まらない。ゆえにひたすら競争して、豊かさの実感も感謝も感じない社会になってしまうのではないか」という危惧でした。

例えば昔のヨーロッパに階級社会はあっても庶民は庶民であって、みんながほぼ同じような生活をしていた。違いがないから、そんなに不幸な気分にならない。ところが消費社会では、売るために手を変え品を変え、その欲求をどんどんあおる。結局、“デザイン”というものが消費をあおる道具として使われてしまっていると感じて、そんな社会に対して、モノの本質といえるものを作ろうとしたんだと思います。

齋藤:
本質的な提案をしようという、社会に対する強いアンチテーゼなんですね。しかし無印良品がここまで大きくなると、本流になるというか、アンチテーゼにならなくなる危険性があるのでは?

金井:
確かに無印良品がメインストリームなってしまうと、何がアンチテーゼかと (笑)
ただ、私たちが意識しているのは、モノというより生活を含めた社会なんですよね。無印良品は「くらしの良品研究所」を通じて農業や老人ホームについて考察したり、地域の廃校やシャッター通りを再生活用したり、そしてホテルも手掛けています。それは、社会を見ればやるべき活動はまだまだたくさんあるから。問題提起するべき場所に、無印良品はすべて関わっていける。終わりはないと思っています。

齋藤:
提供するモノを通して、良い消費者になってもらいたいというか、より良い社会にしたいというお気持ちがあるということではないでしょうか?無印には良品というか、良心があるということなのだと思います。

金井:
まさにその思いは強いですが、実力がまだまだです。

 

 《本対談は全3話を予定しています。第2話に続く》

 

<プロフィール>

金井政明 

株式会社良品計画 代表取締役会長
1957年長野県生まれ。1976年、西友ストアー長野(現・西友)に入社。1993年に良品計画に転籍し、売り上げの柱となる生活雑貨部長として活躍。その後常務、専務を歴任し、2008年に代表取締役社長に就任。良品計画グループ全体の企業価値向上に取り組み、2015年より現職。

 

構成/牛丸由紀子、写真/山村隆彦(人物)