【東京 神楽坂】天麩羅 あら井 :「食の王道」vol.41 広川道助
神楽坂の名店が出したカジュアル天ぷら
伝統を踏まえた新しい味、これは化けるかも
先日、天ぷら専門店のオーナーの方と食事をしながらいろいろ話をしていて、天ぷら屋の数の話になりました。
「寿司屋に比べると十分の一でしょうかね。職人が独立する機会も、寿司屋よりずっと少ない気がしますね」
と彼は話されましたが、この数字、私の実感としてもそれくらいだろうと思います。
毎週寿司を食べたいという人は周囲にたくさんいますが、いくら天ぷら好きでも、毎週行く人はほとんどいない。せいぜい月に一回でしょう。それに揚物は腹にくるので、酒肴で変化を出しにくいという理由もあるかもしれません。
そういうことからか、天ぷら屋はまだまだ老舗が頑張っています。高級天ぷら屋の場合、大ざっぱに分けると「天一」「天政」「山の上」の出身者が多く、最近になってそこにホテル系、関西系の天ぷらが増えてきているという感じでしょうか。
なかでも猿楽町にあった「天政」は、初代が天ぷらを置く懐紙に油染みがなかったという伝説があるほどの名人でしたが、その薫陶を受け継いでいるのが神楽坂「天孝」です。
神楽坂町内に二軒ほどあり、どちらもお座敷天ぷらの風情、なかなか情緒のある店ですが、敷居がちょっと高いのも事実です。
そこで店主の新井均さんが、若手に活躍の場所を見い出したいとこの夏、本店の近所に「天ぷら あら井」を開店しました。
「天孝」とは違ってモダンな内装で、店に入ると大きなコの字型のカウンターが目に入ります。
揚げ場の職人は四十前後でしょうか。十人ほど入るカウンターは満席で、ベテランでさえ揚げるのは大変なはずですが、職人さんはハイレベルの天ぷらを見せてくれました。
最初の海老は多少もたついたもの、その後の天ぷらは軽快そのもの。「一キロ六〇尾」が天政が使う海老の標準で、卵を多めに使ってふわっと仕上げるのが天政の流儀ですが、この職人は心持ち、天政流よりカラッと揚げているようです。
昔の江戸前の天ぷらは魚介類だけで野菜は揚げないといわれますが、いまは野菜をどう扱うかが天ぷらの良し悪しになっています。料理は時代によって変わるものですから、伝統だけにこだわることはない。あら井の職人も見事な野菜を揚げてくれました。
伝統にこだわらないという意味では、ワインリストも完備し、しかもフランスワインだけではなく、新大陸のリーズナブルなものを揃えているのはうれしいところです。